87 / 160

第87話 再会(6)

 落ち着いたところで、ようやく周りの状況を見る余裕ができた。  ここは男子トイレ、ということは、当たり前だけど、女子トイレもあるということ。こんな大きなトイレが必要になるほど、ここは人がいるってことか。先ほどまでいた部屋から、ここまで、僕が小走りしていくくらい離れてるということでも、このお屋敷が、かなり大きいのだというのは予想できた。  トイレの奥のほうには窓があった。こんな場所だというのに、この窓にはステンドグラスが使われていた。僕は思わず、その窓に近寄ってみる。もう外は暗くなっているようで、残念ながらステンドグラスの美しさも半減してしまっているのだろう。これで、日差しが入ってきたら、とても綺麗だろうな。 「もう済んだか」  ナディル様がドアを開けて僕に声をかけてきた。慌てて振り向くと、急に怖い目つきで僕を見ていた。 「え」 「逃げようとしても無駄だ」 「な、なんで」  僕は逃げることまで考えていなかった。だって、こんな格好だし、荷物すらない。言われてようやく、そうか、逃げることもできるのか、って気が付いたくらい。 「戻るぞ」  そう言うと、僕の目の前で、また右手の人差し指を振ってみせた。 「えっ!?」  急に足の力が抜けてしまった。膝をついて、このままじゃ床に倒れこんでしまう、と思ったら、僕は、ナディル様の腕の中で抱きかかえられていた。 (あれ?)  僕は声に出して、そう言ったつもりだったのに、実際には声にならなかった。そして体にも力が入らない。まるで、金縛りにでもあったみたいだ。ただ、目だけは動くようで、キョロキョロと動かすことで周囲を見ることができた。  とても近いところに、ナディル様の顔があった。レヴィと同じ白銀の毛並みで、紫の瞳の奥がまた一段暗い色をしている。僕の視線に気が付いたのか、ナディル様は僕のほうに目を向けた。 「やはり、お前はフローラに似ているな」 「っ!?」  ここで母様の名前が出てくるとは思わなかった。そして、ナディル様の瞳がすごく切なそうに僕を見つめる。しかし、鼻をスンスンとさせて、顔をしかめたかと思ったら、大きな口が開いた。  食べられちゃう!?  そう感じた僕は、恐怖で強く目を瞑った。しかし、噛みつかれた痛みは感じないで、その代わりにザリザリと大きな舌が僕の頬を舐めていた。 「フン、あの家の者の臭いなどさせているとは……不愉快だ」  そう呟きながら、今度は僕の首筋に顔をうずめて、そこでも再びザリザリと舐めてきた。この状況は、ポップンが僕を舐めていた時のことと重なった気がした。だから、その時は嫌悪感とか、そういうのはなくて、ただ、大きな猫に舐められている、そんな風にしか、感じられなかった。

ともだちにシェアしよう!