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第91話 再会(10)
「な、なに、これ……」
目の前に現れたのは、狭い部屋を圧迫するような天蓋付きの大きなベッド。そこには、白いネグリジェを着た、一人の人間の女性が横たわっていた。上掛けから腕を出してお腹のあたりで手を組んでいる。艶やかな栗色の髪が波打ってる。僕はゆっくりと棺に近寄った。
「……眠ってる?」
上から彼女の顔を覗き込んだ。なんだか、どこかで見たことがある気がする。ジーッと見つめていると、どこで見たのかわかった。
「……僕に似てる?」
僕よりもずっと細くて、ずっと小柄。そして、たぶん、僕よりも少し年上の女性だ。
青白い顔色をしているけれど、微かに聞こえる浅い呼吸から、ただ眠っているだけのようだった。
「なんで、こんなところに、人間の女性が……?」
僕は思わず、彼女の頬に触れようとした。
「あっつっ!?」
なぜか指先が彼女に触れる前に、鋭い痛みが走った。見てみると、触れようとした指先が赤く跡が付いている。彼女の身体に魔法的な何かが施されてでもいたのだろうか。その痛みのお陰で、僕は、現実に引き戻された。まだ、僕は全然安全じゃない。早く、この部屋から逃れなくては。
落ち着いて見回してみると、壁際にもう一枚大きなカーテンがかけられていた。僕は勢いよくカーテンをひいた。
「ええ?」
そこには確かに大きな窓があった。ここを開けるなら、外に逃げられたかもしれない。だけど。
「なんだって、こんなところに鉄格子?」
ふと、普通に声を出してしまっていることに気が付いて、慌てて後ろを振り返る。だけど、彼女は身じろぎもしない。それに安心して、ホッと息を吐く。しかし、この女性は眠っているだけなのだろうに、どうしてこんな頑丈そうな鉄格子が必要なんだろう。
そして、鉄格子の先に見えるのは、ただの真っ暗な闇。この屋敷がどんなところにあるのかすら、さっぱり予想がつかない。しかし、早くここから逃げなくては。
「だけど、どうしたら……」
僕は途方にくれたまま、窓の外に目を向けた。
「あれは……なんだろう?」
暗い闇の中、小さな一つの光がチラチラと動いて見える。僕は窓のそばに寄ろうとした時、廊下のほうから人が慌ただしく集まってきている音がした。
ドアは僕が部屋に転がり込んでから勝手に閉まってしまっただけ。鍵は締めていなかったはず。僕は窓際のカーテンを閉めると、彼女を隠すようにしてあったカーテンも閉めた。僕は彼女の寝ているベッドの下に潜り込む。それと同時に、ガチャリとドアの鍵が開けられた音がした。
……なんで、鍵の音が?
「鍵が閉まっているのだから、ここに入り込めるわけがない」
苛立ちの籠ったナディル様の声が聞こえてきた。
「さようでございます。この部屋の鍵はナディル様しかお持ちではございませんし」
「……ヨキ、お前はもう下がれ」
「はっ……」
パタンとドアが閉められた音がしたかと思ったら、カーテンが開けられる音がした。
「……フローラ」
ナディル様の切なそうな声が聞こえてきた。ベッドに座り込んだのか、ギシッと軋む音。
今、『フローラ』って言った!?
僕は思わず声が出そうになったのを両手で押さえつけた。まさか、この人が……母様っ!?
「お前の宝物を見つけ出したぞ。待っておれ……お前自身がかけた呪い、必ず、あの宝でもって解いてみせる……その時は、今度こそ……」
バチッと激しい音とともに、ナディル様の痛みを堪えるような音がした。
「クソッ」
勢いよく立ち上がる音がした後、カーテンから抜けていく音がした。ドアが勢いよく締められ、ガチャリと鍵がかけられる音が響いた。
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