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第92話 再会(11)
フローラ……それは母様の名前。僕は、しばらくベッドの下から抜け出すことが出来なかった。だって、この上に、僕の隠れているベッドの上に寝ているのが、僕の母様だというのだもの。
僕よりも、少しだけ年上という風にしか見えない。とても若々しい姿。彼女は、いつからこうして眠り続けているんだろう。
ゆっくりとベッドの下から這い出た僕は、ベッドに横たわる母様の姿をジッと見つめた。
「母様」
ポツリと呟く。声に出してみることで、急に目の前のことが現実のことなのだと、思えてくる。
「母様」
だけど、僕の声は母様には届いていない。ずっと眠り続けている。触れることが出来たら、少しは違うのか、とも思ったけれど、先ほど、感じた指先の痛みを思い出す。そして、あのナディル様ですら触れられなかったのだと思うと、僕に何かができるとも思えなかった。
僕は、ベッドのそばにしゃがみこみ、母様の横顔を見つめた。
「母様、母様、母様……母様……ふっ、くっ……」
何度も、何度も呼びかけても、反応してくれない母様。それがとても悲しくて、自然と涙が零れてきた。僕は、嗚咽を漏らしながら、ベッドに顔を埋めた。
どれくらい経ったのか。僕は、いつの間にか眠ってしまってたらしい。ゆっくりと身を起こして周囲を見渡す。僕が、このままの状態でいるということは、あれから、誰もこの部屋には戻ってきていなかったということか。
ベッドに横たわっている母様の姿を、再び目にすると、また涙が溢れてきそうになる。
『お前は、ずいぶんと泣き虫になったものだね』
不意に、僕の耳におじいちゃんの声が聞こえてきた。
「えっ、お、おじいちゃん!?」
慌てて立ち上がって周囲を見渡すけれど、おじいちゃんの姿は見当たらない。
『ほら、ノア、ここ、ここだよ』
窓のほうのカーテンのところに、小さな光が浮遊していることに気が付いた。それが小さく上下に動いている。
「え?」
『ノア、大丈夫かい?』
「お、おばあちゃんも!?」
僕は窓際の小さな光のもとに駆け寄った。
「おじいちゃん、おばあちゃん、どこに行ってたのっ!」
目の前をふわふわと浮いている小さな光に、声をかける。
『すまんのぉ。まさか、ノアがこっちに来るとは予想もしていなかったよ』
『そのうえ、ハザール家に連れてこられるなんて』
おばあちゃんの声は、ひどく怒っているように聞こえる。
「お、おばあちゃん、ここに母様がいるのっ!ねぇ、助けて!」
『私たちも助けたいと思ってるんだけどねぇ……』
『まずは、ノア、お前だけででも逃れられるようにするから、窓際から離れなさい』
「か、母様はっ!?」
僕はベッドに横たわる母様のほうに目をやった。こんなに話し声をあげてても、おじいちゃんやおばあちゃんの声が聞こえていても何の反応み示さない。それが悔しくて、両手を握りしめる。
『フローラは……後で必ず助ける……まずは、お前が先だ』
「で、でも」
『お前まで、あヤツの手に堕ちたら、私たちは死んでも死に切れん』
おじいちゃんの悲痛な声に、僕は泣きながら窓際から離れた。
さっきまで浮遊していた小さな光は、カーテンを通り抜けて消えてしまった。
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