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第116話 奪還(17)
ものの数分もたたずに、おばあちゃんが薬草の部屋のドアを静かに開けた。
「大丈夫よ、出てきても」
おばあちゃんの無事な姿を見て、僕は小さな体を抱きしめた。こんなに小柄なおばあちゃんに、僕の方が守られてるなんて。そう思うと、胸の奥の方がズキリと痛くなる。
「誰だったの?」
僕がそう尋ねると、おばあちゃんは、苦笑いをしながら、さっきまでの作業の続きを始めようとした。
「ねぇ?」
「んー、ノアが考えてる通りだと思うわ」
僕が考えていたのは、当然、ハザール家の人間がここまでやってきたんじゃないかってこと。
「どうやって、帰らせたの!?」
揉めることなく、相手は帰っていったように思えた。それも部屋にも上がって来なかった。おばあちゃんとおじいちゃんは、それなりに有名人で顔が知れてるだろうし、僕が二人と行動を共にしているのはバレている。それなのに、なんで?
「おばあちゃんだって、おじいちゃんほどではないけれど、魔法は上手なのよ?」
ウィンクをしながらお茶目な顔をして、僕からすり鉢を受け取ると、新しいすり鉢を渡してくる。そして、さらっと説明してくれた。最初に白煙で包まれたのは、相手が好むタイプに見えるようにする呪文だったらしい。僕からは、まったく変わった風には見えなかったけれど、目の前にした相手にはちゃんと違うように見えるらしい。ドアを開けてきたのは、中年の猫科の獣人だったから、相手にも同じような猫科の獣人に見えたかもしれない。それだけだと、人間の匂いに感づかれたかもしれないけれど、薬草の匂いが充満していたせいもあって、感づかれることはなかった。
「相手が魔法に長けてなかったので助かったわ。見るからに戦い慣れしてるタイプに見えたから」
おばあちゃんの話を聞きながら再び薬草をすっていた僕は急に怖くなった。
「もし、やっぱりおかしい、って気づいて戻ってきたら?」
おばあちゃんは、余裕の微笑みで、鍋に薬草を入れていく。
「戻って来たところで、ここのドアは見つけられないわ。おばあちゃんが、ちゃーんと閉じたから」
「え?じゃあ、レヴィたちは!?」
彼らが戻ってくる場所まで見つからなくなるのでは、と、抱えていたすり鉢をテーブルに置くと、おばあちゃんに詰め寄った。
「大丈夫よ。あの子たちなら。おじいちゃんも一緒に行ったでしょう?おじいちゃんなら、ここのドアを見つけてくれるでしょうし、エリィくんでも、見つけられるでしょう」
「本当に?」
「あらあら、おじいちゃんたち、信用ないわねぇ」
おばあちゃんがコロコロと笑いながら、火にかけた鍋の中身を大きなお玉でかき回していると、玄関のドアが開く音と共に、たくさんの人の足音が聞こえてきた。
「お、おばあちゃん!?」
もしかして、ハザール家の私兵が入って来たんじゃ!?と思った僕はすり鉢を置いて立ち上がる。おばあちゃんはのんびりと火を消しているけれど、今度は僕が守らなきゃ。僕は、すりこ木を握りしめながらおばあちゃんの前に立ち、ドアが開かれるまで身構えた。
「あらあら、ノアってば。大丈夫よ?」
「でも」
そんなやりとりをしている間にも、段々と近づいてくる。
「ほら、そんな物、おろしなさい」
呆れたように言われた瞬間、ドアが勢いよく開かれた。
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