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第117話 奪還(18)
「ばあさん、薬っ!」
最初にドアを開けて入って来たのは、血まみれのおじいちゃんだった。おばあちゃんは、何も言わずにすぐに動き始めたけれど、僕はその姿に身体が固まってしまった。
「ノア、そんなところに立ってると邪魔だ。奥に行ってなさい」
おじいちゃんは、ものすごく怒ってる顔で僕に言うと、さっさと部屋の奥のほうに向かった。その後についてきたのは、エリィさんで、その腕の中には、初めて見た時と同じように真っ青な顔の母様が抱きかかえられていた。
「かぁさま……」
僕は涙が堪えきれず、漏れそうになる嗚咽を両手で塞いだ。
「ノア、大丈夫だよ。ちゃんと生きてる。ただ眠ってるだけだよ」
険しい顔をしながらも、できるだけ優しく僕に話そうとしてくれるエリィさん。僕は、ただ、うんうん、と頷く。
「それよりも、レヴィたちのほうを」
エリィさんの厳しい声に、後ろにいた二人に目を向けた。
「レヴィ!」
漆黒のエミールに支えられながら立っているレヴィの、白銀の毛皮が肩の辺りから真っ赤に染まっていた。僕の叫び声に、レヴィはチラッと視線を向けると、苦笑いしながら部屋の中に入って来た。僕は慌てて彼のもとに駆け寄る。濃い血の匂いにむせそうになるのを堪えながら、レヴィを支えるためにエミールの反対側に回りこんだ。
「どうして……」
僕には、レヴィがこんな姿で戻ってくることなど、想像もしていなかった。なんでもこなしてしまう万能のイメージがあったのに、そんな彼が傷を負うなんて。
「ノア、レヴィは俺を庇って、こうなったんだ。本当に、すまん」
エミールが苦し気にそう答える。
「エミール、気にするな」
レヴィは、そう声にするだけで精一杯のようで、苦し気に荒い息を吐いている。その痛みが、まるで僕の身体にまで伝わってくるようで、僕はレヴィの身体にしがみついた。涙がぼろぼろと溢れて止まらない。
「レヴィをこっちに連れてこい」
薬草の部屋の奥から、おじいちゃんの声が聞こえてきた。僕とエミールは、なんとかレヴィを支えながら連れていくと、そこには大きなベッドが二つ用意されていた。一つには、昏々と眠り続ける母様が横たわっている。
「そこに横になれ」
おじいちゃんが厳しい声でそう言った。僕たちはゆっくりとレヴィを横たわらせる。
「ばあさん、用意はしといてくれたか」
眠っている母様を見ながら、無言で泣き続けていたおばあちゃんだったけれど、おじいちゃんの声にはじかれるように立ち上がった。
「ええ、ノアも手伝ってくれたのよ」
涙を拭いながら、なんとか微笑もうとするおばあちゃんに、おじいちゃんが「そうか」と短く答えた。おじいちゃんは、ベッドに横たわったレヴィの傷口を確かめるように、覗き込む。
「わしは治療系の魔法は得意じゃないんでな。少し、痛い思いをするかもしれんが、構わないか」
真剣なその声に、レヴィの傷の深さが窺い知れる。僕は両手を握りしめながら、レヴィを見つめる。
「子供じゃないんだ。構わない。やってくれ」
「……わかった。ほれ、これでも咥えてろ」
おじいちゃんは、サイドテーブルに置かれていたタオルをレヴィの口元に寄せた。
「ノア、頼むから、部屋から出ててくれ」
おじいちゃんの身体に隠れてしまったレヴィが、僕に向かってそう言った。
「嫌だ。僕も、ここにいるよっ」
その苦し気な声に、僕ははじかれたようにベッドに駆け寄ろうとした。でも、そばに寄る前に、エミールに僕の身体ごと抱きかかえられてしまった。その中から逃れようともがくけれど、エミールに簡単に抑え込まれてしまう。悔しいけど、僕とエミール、大人と子供くらいの体格差があるんじゃ、どうしようもない。
「ノア、俺たちは邪魔だ。外で待っていよう」
「でも」
僕は悔しくてエミールを見上げる。
「ノア」
あまり話をしないエミールの、真剣な声と眼差しに、僕は口をつぐむしかなかった。僕たちは薬草の部屋から出ると、キッチンのほうへと向かった。
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