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第120話 目覚める白金(2)

 食事を始めると、誰も何も話をしないで、早く食事を終えようとしていた。それは、作ってたおばあちゃん自身も。食事を終えると、僕たちは再び汚れた鏡の前に集まった。おじいちゃんは、濡れた雑巾で、その鏡の汚れを落としていく。 「これも、あの小屋とここをつないだのと同じ魔法の鏡ですか」  エリィさんがおじいちゃんの後ろから覗き込む。綺麗になってきた部分に、茶色い狼と黒い狼がジッと覗き込んでいる姿が映ってる。今更ながら、二人が獣人だってことを意識してしまう。そんな僕の視線に気が付いたのか、二人とも鏡越しに僕を見つめ返した。エリィさんは、ニコッと笑いながら、エミールは、ニヤリと口元だけ歪ませた。見た目は毛色以外、ほとんど変わらない気がするのに、この表情だけで二人の違いを痛感する。 「同じといえば、同じだな。繋がってる場所が違うのと、通り抜けられる人数が違う」 「え?鏡って、人数制限あるの?」  僕はびっくりしながら、おじいちゃんのほうを見た。 「これは古い鏡でな。わしとばあさんが結婚した時に買ったもんだ」  鏡を磨きながら、どこか楽しそうな顔で答えてくれる。 「あら、それも持ってきてたんですか。おじいさん」  洗い物が終わったのだろう。手をタオルでふきながら、おばあちゃんが僕たちの後ろから覗き込んできた。 「すっかり忘れておったよ。とりあえず、何かあった時のために、と、家から運べるものは、すべて持ってきたからなぁ」  そう言い終わるころには、鏡はきれいに僕たち全員を映し出していた。 「これは、この国の首都にある、わしらが新婚旅行で泊まった部屋に繋がっとる」  おじいちゃんが、少しはにかみながら答えた。 「なんで、また、そんなところに」  エリィさんが呆れたような声で、おじいちゃんに問いかけた。それに答えたのはおばあちゃん。 「実はね、結婚記念日のたびに、旅行しに来ていたのよ。フローラが魔法学校に入るまで」 「フローラが魔法学校に入ってからは、何かと忙しくなってなぁ」  おじいちゃんたちは懐かし気に話をしている様子に、僕は少し切なくなる。薬草の部屋で眠る、母様も、おじいちゃんたちと楽しい時間を過ごしていたのだろうか。 「ナレザール様、ということは、この鏡は」 「一度に、三人しか通れない」  僕は、言葉が出なかった。そして、周りを見渡すと、みんなが僕に視線を向けていた。 「ノア、お前が、レヴィとフローラを連れていってくれるか」  おじいちゃんが、真面目な顔でそう言った。 「え、だけど、僕じゃ、何も出来ないよ……」  さっきのハザール家の追手にしても、僕だけだったら何もできなくて、さっさと見つかってしまったもの。僕はおじいちゃんのジャケットの腕をギュッと握りしめた。 「大丈夫。私の父が迎えに行きます」  エリィさんが、苦々しい顔でそう言った。 「本当は、ここで父に借りを作りたくなかったけど、そうも言ってられません」 「それに、俺たちも後から追いかける。駅ではハザールの者たちに捕まるかもしれないが、何、ここからなら首都まで走れば三日もかからない。ナレザール様たちも箒で行けば、もう少し早くに着くでしょう」  エミールが僕の頭を優しく撫でた。 「いや、エリィは、わしらと一緒に人間の国へ向かってもらおうか」  おじいちゃんが不意にそう言って立ち上がった。 「なんですって?」  エリィさんが驚いたような顔で、おじいちゃんとおばあちゃん、二人の顔を見比べた。 「お前さんには悪いが、わしらと一緒に、囮になってもらえんか」 「囮、ですか?」  おじいちゃんは立ち上がると、エリィさんの背中を押しながら、キッチンのほうに戻っていった。  おじいちゃんが言った『囮』という言葉に、僕は嫌な予感しかしなかった。

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