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第131話 目覚める白金(13)

 バラの花束を抱えて部屋に戻ると、レヴィの治療は終わっていた。二人は少し考え込みながら、何やら話していたけれど、僕の顔を見ると、ホッとしたような顔で迎えてくれた。 「フローラ、ノア様が、素敵なバラを持ってきてくれたわ」  マリー様は母様の前髪を指先で梳きながら、優しく話しかけた。僕は、ルイさんに選んでいただいたオレンジのバラを、母様の寝ているベッドの脇のサイドテーブルに飾る。優しい匂いに、僕もうっとりする。 「ノア様、いいお色のバラを選ばれましたね」 「そうですか?」  そう言われると、ちょっとだけ嬉しくなる。 「バラには色ごとに花言葉があるの、ご存じ?」 「え?そうなんですか?」 「ええ……オレンジは、絆とか信頼、そして、健やか、という意味もあるのよ。今のフローラにはぴったりかもしれないわね……」  無意識に選んだとはいえ、そんな意味のあるバラを母様のそばに置いたことに、運命を感じた。きっと、母様は、ちゃんと目覚めるって、そう強く思えた。  レヴィは僕の隣に立つと、青白い顔の母様を見つめ、マリー様に尋ねた。 「フローラの魔法、これは、マリーでも解くのは無理なのか?」  レヴィの問いに、マリー様は力なく頭を左右に振る。 「……これは、フローラ自身が自分へかけた魔法だから。厳しい現実から逃れるために、深い眠りの呪文をかけたのでしょう。こればかりは、本人に目覚める意思が必要でしょう。強引に目覚めさせる方法もなくはないけれど……フローラの心の方がもたないかもしれないわ」  厳しい現実。それは、ハザール家での辛い出来事があったということ。あの男のことだ。母様にどんなひどいことをしたのか、僕自身にされたことを考えると、恐ろしくて想像もしたくない。僕は両手を痛いぐらい握りしめた。レヴィは大きな掌で、そんな僕の拳を優しく包んでくれた。 「それでも、彼女は死を選ばなかった。そこが大事です」  マリー様はそう言って、僕をジッと見つめる。 「きっと、いつか、誰かが自分を助けてくれると、信じたからこそ。彼女は死ななかった。そうじゃ、ありませんか?」 「マリー様……」 「こうして、私たちの元に戻ったのです。あとは、ひたすら、彼女に語りかけ、眠りの魔法から彼女の意識を揺り起こすのです。きっと、彼女には聞こえているはず。ねぇ、そうでしょう?フローラ?」  マリー様が優しく語りかけるけれど、母様の表情は変わらなかった。

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