母様の寝ている部屋で、マリー様と変身の練習をしていると、ドアをノックする音がした。 「どなた？」 　僕への視線を動かさずに返事をしたマリー様。一瞬、意識がそれそうになったけれど、僕も集中を続けてる。今は、変身する時間を維持するための特訓中なのだ。普段の生活の時には、意識しなくても集中している状態を維持できるようになってなくてはいけないけれど、今の僕にはそこまでできない。まだ、集中してないと簡単に戻ってしまう。 『王宮からのお使いの方がいらしております』 　メイドさんらしき声がそう答える。 「あら、もうお迎えがいらしたのかしら」 　マリー様は、チラリとベッドの脇に置かれた美しいバラを象った置時計に目を向けた。 「少し早い気もするけれど、きっと国王様たちも待ちきれないのね」 　嬉しそうに呟く声を聞きながらも、僕の集中は途切れない。マリー様に『止め』と言われるまで、止めてはいけないと言われているから。一度、ホルグさんが休憩にとお茶を持ってきてくれた時、勝手に止めてしまって、すごく怒られてしまったのだ。 「はい、止めて結構です」 「……ふぅ……」 　僕は大きく息を吐く。相変わらず自分の力では一時間くらいしか人間の姿を維持できない。それでも、マリー様は上出来だという。魔力が使えるようになって間もない僕なのだから、出来ない方が普通だと。それでも、僕は、早く維持できるようにならないと、魔法学校に戻れない。 　マリー様の止める声で、半獣人の姿に戻ってしまった僕。この姿になると、なんだか身体が軽く感じる。ちょっとだけ、身体を動かしたくなってうずうずする。だけど、この部屋の中を走り回るほど、僕は子供でもない。その気持ちをギュッと抑えると、母様のそばに近寄って、手を握る。 「ノア様、王宮からの迎えが来ているようです。フローラのことは私にお任せください」 「マリー様……」 　僕は手を握ったまま、マリー様を見上げる。マリー様の顔は自信に満ちた笑顔で、ゆっくりと頷いた。僕もその笑顔に応えるべく、頷き返すとゆっくりと立ち上がった。 「とりあえず、王宮までは車で三十分ほどです。ご自分で変身してみますか？」 　揶揄うように言うマリー様に、僕は、どうしようかと悩む。途中で半獣人に戻ってしまう可能性のほうが高いんだもの。だけど。 「ちょっと、頑張ってみます。何度でも練習しないと」 「フフフ。ノア様なら、そう言うと思いました」 　大きな手で僕の頭を撫でてくれる。その感触は、とても気持ちよくて、自然と微笑んでしまう。すると、マリー様が急に抱きしめてきた。 「ああ、本当に美しくて、可愛らしくて、嫌になっちゃう。出来るならエリィの嫁にしたいくらいだわぁっ！」 「マ、マリー様っ！？」 　ギュウギュウと抱きしめられて、僕は息苦しくなって背中をポンポンと叩いた。それに気づいたマリー様は、慌てて離してくれた。 「ごめんなさいっ。そうだわ。お迎えが来てるんだったわ。さ、ノア様。頑張って！」 　その言葉に後押しされて、僕は人間の姿に変身した。あのいつもの平凡な茶色の髪をした平凡な人間のノア・アシュレーの姿に。