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第150話 目覚める白金(32)
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マリーは慌てていた。ノアが自分の言葉を聞く前にドアを閉めてしまったからだ。
なぜなら王宮からの迎えの車が黒のわけがないのだ。王族の乗る車は白と決まっている。これは初代国王の白狼にちなんで、その色に決められたのだ。これは馬車の時代から自動車に代わっても同じだった。
それなのに、その車を『王宮からのお使い』と言ったのは何者だ。ノアはずっと人間の国に住んでいたのだから、このことを知らなくても当たり前だが、獣人であれば知っていて当たり前のこと。マリーは使用人の中に裏切り者がいるのか、と思うと怒りとともに、悲しくなった。
そして、それ以上に悲しいのは、自分の体型とこの格好。
「ホントに、長いスカートっていうのは邪魔ねっ」
若い頃は、ミニスカートやパンツスタイルも着ていたマリーも、この年齢にもなると、それなりの格好をしないと、使用人たちへの示しがつかないし、今の豊かになってしまった体つきでは似合わない。家のことも、使用人に任せるようになって、身体のほうにも余計な肉がついてしまった。自業自得とはいえ、この体型になったことが、今ほど、情けないと思うことはない、とマリーは痛切に思った。
スカートをたくし上げながら、階段を降りていると、上の部屋から出てくる人の声が聞こえてきた。レヴィとエミールのようだ。
「ああ、レヴィ様っ!」
階段を降り切ったところで、階上を見上げて、悲痛な声をあげる。その様子にレヴィはいち早く反応した。部屋から出てきたところだったのを猛ダッシュで階段のところにやってきた。この時、すでにレヴィは王宮へ戻るために普段のレヴィの姿に戻っていた。そして、国王や王妃と会うために、それなりの礼装になっていた。
「マリー、どうした!」
マリーがドアを指さしただけで、何かが起こったと察したレヴィは、階段を駆け降りるのではなく、飛び降りた。その時、すでにマリーはドアを開け、外の様子に驚き声を上げた。
「ノア様っ!」
レヴィはそのままの勢いで、マリーを追い越して飛び出していた。
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