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第151話 目覚める白金(33)
***
「ルイさんっ!」
立ち上がってルイさんのところへ行こうとしたけれど、再び黒豹に腕を捕まれ、車の方に引きずっていこうとする。
「いい加減にしろっ!」
僕は思わず、黒豹に向かって怒鳴っていた。たぶん、今まで生きてきた中で、初めてくらいに、大きな声を出したと思う。ルイさんの倒れた姿を引き金に、僕の中の怒りが一気に膨れ上がっていく。目の前は、真っ赤で、周囲の空気がチリチリと音をたてている。変身のコントロールなんてあっさりと消え去って、僕の姿は元の半獣人の姿に戻り、身体中の毛が逆立っているのがわかる。
「ノア様っ!」
マリー様の声が背後で聞こえた気がしたけれど、僕の中ではそれもストッパーにはならなかった。
黒豹は、僕が半獣人の姿になったことに気付いて驚くと、そこに一瞬の隙が出来た。後部座席へ僕を引きずりこもうとする手が止まる。僕は手首を握られたまま素早く呪文を呟く。僕の掌にはソフトボール大の火の玉が、ブワっと勢いよく浮かび上がる。
「魔法、使えないんじゃなかったのか……」
顔をひきつらせた黒豹がそう漏らして、掴んでいた手を離そうとした瞬間。
ヒュンッ
目の前にいた黒豹が消えた。
「えっ?」
あまりのスピードにあっけにとられていると、集中が途切れたせいで掌の火の玉は徐々に小さくなっていく。
「ノア、大丈夫かっ」
僕の背後からレヴィがレヴィの姿で、焦ったような顔で僕の顔をを覗き込む。額の傷に手をやると、痛々しそうな顔をして、唇を落とす。それはチクッとした痛みを伴ったけれど、彼の熱も沁み込んできたように感じた。レヴィは僕の身体を自分の方へ向かせると、ギュウッと力強く抱きしめてくれた。その時には、僕の掌の火の玉は消滅していたから、僕もレヴィの背中に手を回してギュッと抱きしめ返した。
ドゴン!
今度は黒豹が、ニ、三十メートル先の庭園の入り口のほうまで飛ばされていた。レヴィはどんな魔法を使ったのか、よっぽど高く飛ばされたのだろう、かなり重い音がした。背中をひどく地面に打ち付けたのか、ガハガハとせき込みながら血を吐いている。屋敷のドアの前に立っていたマリー様とエミールが僕たちに駆け寄って来る。そして唐突に思い出す。
「あ、ル、ルイさんがっ」
僕は車越しに焦りながら門のほうを見た。すると、そこには驚いた顔のおじいちゃんとおばあちゃん、そしてルイさんを抱きしめているエリィさんの姿が見えた。
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
まさか、二人とこんなに早く会えるなんて思ってもいなくて、僕は驚きと共に喜びとでレヴィの腕の中から飛び出していた。
「おいっ、ノア!」
レヴィが呼ぶ声が聞こえたけれど、二人の無事な姿のほうが嬉しくて、自分が半獣人の姿のままだったことをすっかり忘れて二人に抱き着こうとした。
「お、おいっ、待て、お前、誰じゃっ!」
顔を引きつらせているおじいちゃんと、びっくりした顔で顔を赤らめているおばあちゃん。おじいちゃんのあまりの言いように、僕は思い切り拗ねたような声で抗議した。
「おじいちゃんっ、僕、ノアだよっ」
「えぇぇぇぇっ!?」
二人が僕をポカンとした顔で見上げている姿に、あ、半獣人の僕のほうが二人よりも背が大きいんだ、ということに今更ながらに気が付いてしまったのだった。
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