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〈side:Rika〉 「マジで最悪!ありえねぇ!ってか、なに考えてんの?!お前、俺のことバカにしすぎだろ!」  こちらの言い分を一切聞くことなく、喚き散らす慧を見つめる。するとそれすら癇に障ったのか、机の上に積んであった本を数冊、床へと払い落とした。フローリングを弾いて響く鈍い音に、ここが自分の家で、しかも仕事部屋だと思い出す。 「なぁ。だから、なにこれ?」  これとは、つまり。無造作に捨てるわけにはいかず、かといって本人に突き返すわけにもいかず、本と本の間に挟んだ見合い写真のことだ。慧にとっては、隠しているように見えたのかもしれない。実際のところはさておき、どう解釈するかは個人の自由だ。  さあ、どうしようか。責められつつも頭をフル回転させ、淡々と打開策を挙げていく自分に苦笑してしまう。  それが悪かった。あまりにもタイミングが悪過ぎた。 「なんでこの状況で笑えんの?」  一層低くなった声色に、しまったと思うのも束の間。勢いよく伸びてきた慧の拳が腕を打つ。  容赦なく込められた力に、呻いてしまったけれどどうにか耐えて。僅かにあった2人の距離を詰めようとすると、素早く身を退いた慧が俺を睨みつける。 「こんなもん隠されてただけでもムカつくのに、よく笑えるよな。お前、悪いと思ってないんだろ」  断言するかのような言い方に口を挟もうとする、けれど。 「リカちゃんにとっては普通のことなんだろうな。誰かと付き合ってても言い寄られたり、告られたり、気分で相手してみたり。そんなの普通のことなんだろうな!」  俺に口を開かせない慧の猛攻。普段はあまり喋る方ではないくせに、感情が高ぶると変わる。それを可愛いと思う気持ちが半分……いや、8割。でも出会った頃よりも感情豊かになった慧に喜んでいる余裕は、着々と減っていく。 「黙ってればバレないと思った?こうして俺が見つけなきゃ、騙せると思ったのか?」 「バレるも騙すも何も、きちんと説明するつもりだった。ただ、タイミングを窺っていただけで」 「そんなのお前の勝手だろ?!リカちゃんのタイミングとか、俺には関係ないし!」  関係ないの一言に地味に傷つく自分がいた。勢いで出ただけだと分かっているのに、原因は自分にあると分かっているのに。  なんだか無性に拒絶された気がして、けれどそんな身勝手な自分が情けなくて。伏せた瞼の先で慧の視線はまだ鋭く突き刺さってくる。  ここで誰を責めても意味はなく、責められべきなののは自分自身だけだ。 「念の為に確認するけれど。慧君は、これを何だと思ってるの?」  俺の年齢ですら滅多に聞くことのない見合い。時代錯誤も甚だしいそれを慧が理解しているとは思えず、問う。できる限り逆鱗に触れないよう注意を払えば、蔑んだ視線は変わらず返答がきた。 「何って写真は写真だろ。この女を、誰かに紹介してもらったんじゃねぇのかよ」 「厳密には違う。もう一度言うけれど、この人は教頭のお嬢さんで、紹介とかそういうのじゃない」 「じゃあなんでリカちゃんが写真なんて持ってんの?なんでコレが必要なんだよ」  当たらずしも遠からず、けれど正しくはない。どう言って訂正すべきか、そもそも訂正できることなのか推し量っていると、痺れを切らした慧が舌を打った。 「もういい。なんか、めんどくさい」  散乱した部屋の中、ぽつりと落とされた慧の声。低く響いた声の後には、途端に弾けるような怒鳴り声へと変わった。 「……ああもうっ!!とにかく出て行け!今すぐここから出て、二度と来んな!!」  俺を通り越し、背後にある扉に視線と指を向けながら慧は言うけれども。キリリとした顔で、堂々と声を張って言うけれども。 「慧君。出て行けと言われても、ここは俺の家で俺の部屋のはずで……何て言うか……その……うん」  違った意味で気まずい空気が流れる。  

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