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〈side:Rika〉  再確認だが、ここは俺の仕事部屋で、ということは俺の家で間違いないわけで。たとえこちらに100%の非があろうとも、今すぐ出て行けと言われるのは不可解極まりなくて。  おそらく突発的に出た言葉だろうから、生真面目に返すのも違うような気がした。ひとまず慧から視線を外し、ゆっくりと辺りを見回す。  うん。やっぱりどう考えてもどこを見ても、ここは俺の家だ。 「慧君。この部屋を出て行ったとしても、行く先はリビングか寝室かになるだけなんだけど」  申し訳なさを含みつつも柔く返すと、慧の頬に朱がさす。それは怒りとは違った意味での色だ。 「察せよ!!俺はもう顔も見たくないって言ってんの!俺の前に現れんなって意味なんだよ!!」 「いや、うん、それは分かってる」 「分かってるなら言い返してくんな!!あー、もう!いい、俺が出て行くから!出て行って、もうここには来ないだけだから!!」 「来ないって、慧君ちょっと待っ」 「それに、リカちゃんも家に入れない!!脅されても頼まれても、泣かれても入れない!」 「だから待てって」  足音荒く部屋を出ていこうとするする慧の腕を掴むと、ギロリと尖る視線と共に手が振り払われる。 「慧……とにかく話をしよう」 「しねぇ!話なんてする気もないし聞く気もない!!俺が絶交つったら絶交!」  悲しい俺の本能が、絶交の言葉を使った慧君が可愛いと叫ぶ。そんな場合じゃないと何度も言い聞かせているのに、それでも慧君の可愛さを真っ先に拾ってしまう。  漏れた微笑みに気づかれないほど、2人の距離は離れていないというのに。 「アァ?!また笑いやがったな!!お前マジで俺のことバカにしてんだろ!」 「違う!今のはそういうつもりじゃなくて、つい」 「つい笑っちゃうぐらいバカにしてんじゃねぇかよ!!」 「バカにしてるんじゃなくて可愛いなって思……っちゃったような、そうじゃないよう……な」  この状況で言うべきではなかった『可愛い』の一言に、慧君の温度がゼロを越えた。氷点下のブリザード慧君になった。 「俺に触んな。話しかけんな。見んな。近づくな。これ、本気で言ってるから。冗談じゃないから。ガチのやつだから」  早口でまくし立て、今度は足の小指を思い切り踏みつけられた。さすがの痛みに蹲る俺の目の前で、鼻息を荒く鳴らした慧が踵を返し、部屋を出て行く。 「痛っ……ちょっと待…………っくそ、これ地味に痛い……って慧!」  扉に向かって伸ばした手は宙を切り、痛む足を押さえたとしても、そう簡単にマシになるはずもなく。  ──その結果。  静寂に残されたのは、床に散らばる本とプリントと、転がるボールペンと、そして痛みに耐える情けない男。随分と年下の恋人に怒鳴られ、宥めることも出来ずに放置された惨めな男。  間抜けすぎる自分自身に涙が出そうだ。 「……………………ああもう……痛い」  零れた独り言を受け止めてくれるのは、教頭に似た女の笑顔。名前すら知らない女の微笑みでは、ちっとも痛みは軽くならなかった。  その晩。兎丸家の内鍵が開くことがなかったのは、もちろん言うまでもないだろう。

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