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〈side:Rika〉 「バッカじゃないの?!」  待ちに待った休日。世間の夏休みよりも遥かに遅い連休は、今日を含めて4日間。だがしかし、今の俺にそれを楽しむ余裕はない。そして予定もない。  学生の頃と言わず、就職してからも休みの予定は常にあった。寧ろ、休日が足りないぐらいだった。それなのに今日の俺は違う。  常日頃から気を配っているからか家事は午前中で終わり、この連休の為に必死で終わらせた仕事は何も残っていない。  本来なら4日間の休みの全てを注ぎ込む予定だった恋人からは音沙汰もなく、送ったメッセージも当然のごとく無視される。試しに家に言ってみれば、鳴らしたインターホンは虚しく一方通行だ。さすがに強行突破をするのは悪策だろうから、大人しく帰宅して。  そして今に至るのだが。 「見られて困るものを放置する神経もクズだと思うし、上手く弁明できないのも無能だし、そもそも恋人がいてお見合いを受けるのも失礼極まりないわ!」 「受けてなんかない。あとな、桃。仮にも傷心の友達に向かって、少しは気遣う気持ちはないのか?」  訂正と苦言を呈した俺に対し向けられたのは、鋭く咎めるオカマの視線。 「ハッ……なぁにが傷心よ!言っておくけどねぇ、ウサギちゃんはもっと。もっと、もーーっと傷ついたんだからね!きっと今ごろはリカの裏切りに涙し、男同士という許されない愛に絶望し、その悲しみと苦しみから酒浸りになり、気づけばいつの間にか増えた借金を返すためにヤクザの手に落ち……そして、そして」  放っておけばとんでもなく壮大な展開へと進みそうな桃を止めたのは、俺ではなく別の男だった。 「おいオカマ。その話は、お前が最近読んだ怪しい漫画の話だろう。とうとう現実と空想の世界の区別すらつかなくなったのか?」  大柄な身体に似合う大きなボウルを手に、キッチンから出てきたのは美馬豊だ。それを俺と桃が囲んでいたテーブルの真ん中に置き、空いた場所へと腰を降ろした。 「豊、何よこれ」  計算されたかのように3人の中心にあるボウルを目にした桃が訊ねる。 「何って、これは俺が作ったミニトマトだ」 「うん。それは見たら分かるんだけど、これをどうしろと?」 「お前が家に来て早々、喉が乾いただ腹が減っただと喚くから出した。自然の恵みと俺に感謝しろ」 「違うの。あたしはね、3人で飲みに行きましょうって誘ったつもりで……ああっ、やめて。そんな人を殺した直後の目で見ないで」 「ほう。客人のリカが言うならまだしも、わざわざお前の注文を聞いてやった俺に対して人殺しだと?比喩表現が下手だなぁ……桃太郎大先生」  しっかりと日に焼けた太く逞しい指を豊が鳴らす。その表情があまりにも恐ろしかったのか、向かいに座る桃の顔色が青ざめた。毎度毎度のことだが、どうして学習しないのだろうかと、不思議で仕方がない。  桃が余計なことを言って豊を怒らせるのも、豊が実力行使に出るのもお決まりのパターンだ。もう何年も前から変わらないのに、なぜ同じことを繰り返すのか……それは俺も同じで。  こうして、なけなしの休みに高校時代からの腐れ縁で集まり、あの頃とは違う内容であの頃と同じような言い合いをする。姿形は変化しても、中身は全く変わらない2人を眺めつつ、俺は小さくため息をついた。  本音は放っておきたいが部屋に3人しかいない今、そうもいかない。 「豊。そのぐらいにしておかないと、桃がお前の威圧で泡を吹き始める。夏休みの思い出がオカマの泡吹きだなんて、嫌じゃないか?」 「……確かに」 「な?それに、桃の吹いた泡が掛かったらトマトが可哀想だ。だから許してやってくれ」  視線で絞め殺さんとする豊を注意し、自家菜園のミニトマトをつまみ上げた。強面で屈強な男が作ったとは思えない、赤く小さな実。まるで慧君の唇のように可憐で、慧君の乳首のように艶やかに色付いたそれを、口の中へと放り込む。  ゆっくりと下の上で転がし、奥歯で歯で噛み潰すと、中から零れ出るのは甘くて酸っぱい果汁。それほど濃くはないのに、今の自分にはよく沁みた。 「甘い……でも酸っぱい。あぁ…………憂鬱」  これが慧君の唇や乳首なら、どんな味でも喜んで受け入れるのに──なんて、ほら。やっぱり頭の中には慧君しかおらず、鳴らないスマホが憎くて悲しい。  

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