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〈side:Rika〉 「どう見ても落ち込んでいる相手に聞くべきではないと思うが……大丈夫か?」  こちらを覗き込む豊の顔はお世辞にも和むとは言えず、凶悪でしかない。凛々しい太眉に眼光鋭い目。それらも分厚めの唇も慧君とは全く違って、俺の求めているものとはかけ離れている。 「大丈夫だって強がれない程度には落ちてる」  どうやら俺は、よほど悲壮感に溢れて見えるのだろう。顔いっぱいに『心配だ』と露わにする豊を見て、零れるのは苦笑だった。ここまで気を遣わせてしまう自分が、ほとほと情けない。 「冗談。まだ大丈夫だから気にするなよ」 「……リカ、すまん」  相変わらずの低い声で呼ばれた名前。それに対し、本当に大丈夫だと再び告げる為に顔を上げると……。 「そんなもの自業自得なんだから、勝手に落ちてりゃいいのよ。それが辛いなら、さっさと自分から謝りなさい!喧嘩して謝ってセックスして仲直りなんて、リア充はほんと嫌になっちゃ──」  心底うるさいオカマの口に、これでもかとミ二トマトを詰め込んだのも、やはり豊だ。 「お前には人の気持ちを慮る気遣いはないのか?騒ぎたいだけなら出て行け。好きな場所で好きなだけ飲んで、好きにしろ。俺はもう知らん」 「ゆふぁはぁ、やめふぇっ……いひがっ、へひはひ」 「ずっと喉が乾いていたんだろう?このまま窒息死したくなければ、きちんと噛めよ。俺だって幼なじみがトマトを詰まらせて死ぬなんて、情けなくて嫌だからな」 「ひゃはははひ……ほへはっひ」 「言いたいことがあるのなら、きちんと喋れ。伊達に良い大学を出て弁護士やってるわけじゃないだろうが」  喋れないことを分かっていて、それでも極悪な顔で桃の口を塞ぐ豊。そして豊の手のひらに押さえつけられ、必死にもがく桃太郎。2人の間からミニトマトが1つ落ちて転がる。心なしか他のものよりも艶があるように見える理由は、気づかなかったことにしたい。 「豊……お前、桃に対しては容赦ないな…………」  今にも白目をむいてしまいそうなオカマは、最後の力を振り絞ってもがいている。俺の目の前で、涙目のオカマが生と死の狭間をさ迷っている。  夏休み初日に見る光景としては、やけに刺激的すぎやしないだろうか。 「こいつに容赦なんてしたら、付け上がるのが目に見えてるからな。締めるところは締める、それが大事だ」 「言葉通り絞め落とされそうになってるけど……」 「有言実行。男らしくて良いだろう?」  凶器のミニトマトに囲まれ微笑む豊は、どこまでも俺の味方でいてくれるらしい。  だがしかし、今回ばかりは桃の言う通りだから反省すべきは自分自身だ。全て自分が蒔いた種だという自覚もあるし、すぐにでも謝るべきだとも分かっている。というか、既に昨日の時点で謝ろうとした。それは悲しいことに敵わなかったけれども。  だとしても、とにかく1秒でも早く慧と話し、なんとしてでも誤解をとかなければいけない。俺には慧しかいないのだと訴え続ける他に術はない。  そのための算段を頭の中でつけ、無言を貫くスマホを手に取る。開いたメッセージアプリに通知はなく、もちろん着信だってない。  とことん無視されている状況は、まだ続いているようだ。 「謝って済むなら何度でも謝るんだけど……こういう時の慧君は、無駄に行動力があるから困る」  まだ無意味な戦いを続ける2人の声を聞きながら、新しいトマトを手のひらで転がす。それはこちらの思惑通りに動いて、時々外れても最後には思った通りに丸く収まる。けれど、感情を持った人間はそうはいかない。  とりあえず大事なのは顔を合わせること。それから謝って謝って、とにかく謝り倒して弁解してみようと決めた。昨日の今日で慧からのあたりは最悪だろうけれど、何も行動しないよりかはずっと良い。  ──けれど、予定は予定通りにいかないのが常で。  兎丸慧の土壇場の底力に負け、情けない姿を晒してしまうのは、この後数時間が経ってからだ。  完璧な男だなんてイメージは、やすやすと崩れ落ちる。

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