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 黙ったままで幸を見つめると、俺の様子から察したのか続きを教えてくれた。俺が聞きづらくて、でも聞きたいと思ったことを。本当に何も気にしていないような素振りで。 「俺、関西の学校に通っててん。向こうで色々あって留年してもて、ほんで引っ越して来たから高2は2回目やねん。ほんまやったら3年生やから、俺の方がお兄さんやな」 「なるほど……っていうか、そういうこと軽く言ってもいいのか?普通なら触れちゃダメな話題なんじゃねぇの?」 「別にええで。俺自身があんまり気にしてへんし、知ったからって態度変えたりせぇへんやろ。うさまるは」  大して俺のことを知らないのに、なぜか信用してくれる幸。そんな態度をとられると、俺の警戒心はまた剥がれていく。既にほぼなかったソレが、遂にゼロに等しくなる。 「うん、幸が留年してても関係ないな」 「せやろ。恋に年齢は関係ないみたいに、友情も同じやで」  にっこり笑った幸につられ、俺もぎこちなく笑ってみた。すると幸はもっと嬉しそうになって、なんだか嫌な気分はしない。というより、この気持ちは良い気分だ。  見た目の派手さと、女慣れしているところから 幸の第一印象は悪かった。でも、こうして面と向かって話せば、幸はいいやつだ。拓海に似て話しやすく、歩に似て堂々としている。そしてリカちゃんに似て落ち着きもあって、頼り甲斐もある。 「なんか幸って一緒にいると楽」 「そこは楽しいって言ってほしかった。うさまるは乙女心ちっとも分かってへん」 「男のお前に乙女心なんてあるのかよ」 「男女差別はんたーい。男でもキュンキュンしたり、ドキドキしたりするやろ。それが乙女心や」  へらっと笑って意味のわからないことを言って、わざと拗ねてみたりする。でも本気で怒ってるわけじゃなく、これは幸なりの冗談だとわかる。  蜂屋幸ってやつは、俺の周りの人間の良いところを集めたかのような存在。そんな幸を嫌いになれるわけはなく、すんなりと連絡先を交換して別れた。次に会う時は偶然ではなく、自分の意志で会えるように。  また会いたいって思わせる何かが、幸にはあったから。仲良くなりたいなんて恥ずかしいことは言えないけれど、会ってやってもいいぐらいには、俺は が幸を気に入ったのは確かだった。 「拓海と歩以外の友達、初めてできた」  そして帰り道。幸のことを考えながら歩いていると、タイミングを見計らったかのようにメッセージがくる。開いたそれは、差出人らしく明るくて、けれどどこか温かさを感じる内容だった。  次はいつ暇かって。自分は週4でバイトだけど、基本は夕方からだって。だから夏休みが終わる前に、また遊ぼうっていうお誘い。  俺の予定を聞きながら、きちんと自分の予定も入れてあって答えやすい。考えておくっていう俺の素直じゃない返信に、嬉しそうなスタンプを返してくるのは幸らしいと思った。  どこまでも相手に気を遣わせない幸の態度は、確かに男女問わず好感を持てるだろう。  この世界に、幸のことを嫌うやつなんて絶対にいない。  こんな風に良いことがあると、この後も良いことが続くような気がする。全部が上手くいくような気がして、自然と足取りも軽くなる。人にも優しくなれるし、心にも余裕が出て何があってもイライラしなくなる……って、そんなことはなくて──。 「リカちゃん。これ、なに?」  仕事を終えたリカちゃんの帰宅後。晩飯を食べてから始まったのは喧嘩だった。優しくなれるはずだった数時間前の俺は、もういない。 「……っ、出て行け!今すぐここから出て、二度と来んな!!」  撤回する。許せないものは許せない。

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