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俺が俯いた理由を幸がどう思ったのかは知らない。けれどそれ以上は探られることなく、ううんという唸り声の後に声は続く。
「せやなぁ」
少し口を尖らせて考える幸は、俺に向けて4本の指を立てた。
「リカちゃん本人に断らせるかー、相手に諦めさせるかー、うさまるが受け入れるかー……あとはぁ」
指を折りながら言う幸は、一旦区切ってから俺を見た。残りの1本がゆっくりと折られていく。
「別れるか」
「別れる?!」
「何を驚いてるん?自分と付き合ってるのに他の男を紹介してもらったなんて、浮気みたいなもんやん。許されへんくて別れるって候補も、あるっちゃあるやろ」
「いやいや……そこまでは」
「ほんなら他に何ができんの?うさまる説得できる?てか、それができてたら困ってへんやろ」
まっすぐ見つめてくる幸は真剣な顔をしていて、俺もつられてしまう。幸の言ってることは多分間違っていない。世間一般では、そういった道を選ぶ人もいるだろう。ただ、俺の中にはその選択肢は初めから無かっただけだ。
「どれも無理だけど、リカちゃんと別れるとかもっと無理。それだけは確実に言える」
俺の言葉を受けて数秒。真面目な顔をしていたはずの幸が吹き出す。
「あかん。今のうさまる、男前すぎて別人やった!ベタ惚れやん、うーちゃん」
「からかったな?!こっちはマジに相談してるのに」
「えー。俺もマジやで。ちゃーんと真面目に考えてんで」
にっこにこの笑顔で嘘っぽく言ってきやがる幸を睨むと、ごめんと苦笑に変わった。それに少しホッとした自分がいる。
「リカちゃんは、俺が思ってるよりも大人だから。今回のも、リカちゃんにとっては大したことじゃない」
俺の知らない世界がリカちゃんにはあって、それはこの先俺も経験していくことなのかもしれない。数年後なら、リカちゃんの都合ってやつを今度は俺が知るのかもしれない。でも、俺はまだ高校生だ。数年後の俺がどう思おうが、今の俺に素直に納得して、黙って見ているなんて無理。絶対に無理。
「だいたい、いくら俺だってあんなにガチなもの見せられたらわかる。見合いとか……まだそんなのあんのかよ」
「見合い?え、紹介されたってやつ見合いなん?」
「あ……いや、別にそこはどうでもいいだろ」
「よくないやろ!なんなん、うさまるの彼女って金持ちのお嬢様なん?」
お金持ちかどうかは置いておいて、リカちゃんはお嬢様ではない。けれど問題はそこじゃなく、リカちゃんの正体がとんでもないやつになっているってこと。
幸の中では年上で大人で、お見合いなんかするお嬢様……って設定が盛られ過ぎてしまった。
「そっか。そうなんかぁ……とんでもない子と付き合ってるんやな、うさまるは」
俺が話を盛っているとは思わないのか、幸は納得したみたいに数回頷いた。そして満面の笑みを浮かべたかと思えば、ゆっくりと口を開く。
「俺もそんなに想える彼女ほしいなぁ……」
「いや、無理だろ。だって幸めちゃくちゃ軽いもん」
「嘘やん!俺のどこ見て軽いなんて思うん?!」
心から驚いたように言うけれど。幸が軽くなければ、リカちゃんとしか付き合ったことのない俺は重たすぎて地面にめり込むんじゃないかって話だし、リカちゃんに至っては窒息レベルだ。慣れてきた俺ですら引く時があるんだから。
「あーはいはい。軽くない軽くない」
そう思ったから適当に流すと、幸はわざとらしく傷ついた顔をした。
「もっと俺に興味持ってや」
「は?なんで?」
「なんでって、運命の友達やで。俺ら」
「ああ、そのくっだらない話まだ覚えてたんだ?本当、くっだらない」
「2回も言う?!言っちゃう?」
「なんなら3回でも4回でも、100回でも言ってやるよ。くだらないくだらない、くだらな――」
連呼していた俺の口を塞ぐ大きな手。同じ高校生なのに、幸は俺よりも大人に近かった。その手で言葉を制し、茶色がかった瞳でこちらを見つめる。かと思えば、俺が黙るとすぐに手を退けて、ふわっと笑った。
「あかんで。それ以上言うたら、ほんまに泣いてまう。そうなったら、うさまるはどうやって慰めてくれるん?」
表情は穏やかなくせに、ゾクッとさせる何かがあって。それはリカちゃんの雰囲気と似ていて、けどリカちゃんほど近寄りがたいわけじゃなくて、手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
つまり、どういうことかって言うと……。
「お前、いつもそうやって女の子口説いてるんだな。最低」
やっぱり幸は軽かった。
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