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 その後は泣くフリを幸がして、俺がそれを無視して。そうしたら幸が拗ねて口をきかなったから、俺は帰ってやろうかと思った。もう話すことはないし、しなきゃダメなこともある。  晩飯の調達だ。喧嘩した後だから、いくらリカちゃんだって今日は来ないだろう。ということは今日の晩飯は自分で何とかしなきゃいけない。つまり懐かしのカップラーメンの登場が必要となる。  何か新商品を漁るか、それともお気に入りを楽しむか。どちらにしようか考えつつ、席を立つ。するとテーブルについた俺の手を引き留めたのは、拗ねていた幸だった。 「もう帰るん?」 「ん。だってお前喋らないし、外にいるのも飽きた」 「飽きたって……また冷たいこと言う」 「なんとでも言え。俺はもう家に帰ってダラダラする。夏休みももうすぐ終わるしな」  すっかり忘れていたけれど、俺の夏休みはもう終わる。この長い休みにしたことと言えば、ゲームと昼寝と、夜更かしとリカちゃんとの喧嘩。思い返せば、思い出らしいものは何もない。  リカちゃんの連休がもうすぐあるけど、喧嘩中だから何もできない。本当なら映画を観に行こうって言っていたのに。今の状況じゃ叶うはずがなくて、このまま残念すぎる結果に終わるのは目に見えている。 「じゃ、そういうことで」 「ちょい待って!」  自分から呼びだしたくせに先に帰ろうとする俺を引き留める手。俺は首を傾げた。 「なに?」 「どうせ帰っても暇やろ?ダラダラするって言うてたしな」 「だからってなに?」 「せやったらもう少し俺と一緒におって。外が嫌なんやったら家でええし」  こういう場合。  男同士で過ごすのに、一緒にいてくれって変じゃないか。いくら幸が顔面レベル高めでも、素直に気持ち悪い。 「お前……普通に気持ち悪いんだけど」 「えっ、今のときめきポイントやろ?」 「どこが。普通にまだ遊ぼうでいいだろ、普通に」  はぁ、とため息をついてまた座る。どうせ帰ったって暇だし、簡単に帰してもらえるわけもない。幸がどれだけ強引なのかは経験済だ。 「で?どっか移動すんの?さっきも行ったけどダラダラしたい」 「んじゃカラオケ」 「やだ。うるさいし臭い」 「ワガママか」  ムッとした俺が言い返すよりも先に幸は続ける。 「ほんなら俺ん家?それとも、うさまるの家……は、いきなり行ったらファミリーびっくりするか」 「なにそのファミリーって」 「ファミリーはファミリーやろ。うさまるのお母様諸々やん」 「はい、またくだらないのが増えた。っつーか、ファミリーとかいないし。俺、1人暮らしだから」  別に隠すことでもないので告げると、幸は瞬きを数回した。  自分でもわかってる。高校生で1人暮らしなんて、普通じゃないってことぐらい。だから黙ったままの幸が何を考えてるのかは想像できて、げんなりする。 「別に特別な理由があるとかじゃないし、1人の方が気楽なだけだから」  早口で言った後に幸の返事を待つこと数秒。本当に数秒の間だった。 「この場合、たこ焼きとお好み焼き。どっちにすべきやろか?友達の家にお泊りってなるとタコパは常識やん?でも2人でやっても材料余るやろし、せやったらお好み焼きかなって。おこパってあるんかな?」 「……は?そんなの知らない、けど」 「せやろ?やっぱり定番のたこ焼きかぁ……よし、たっくんと歩も呼ぼか」  気にするところが違うはずなのに、幸は楽しそうにスマホを手に取る。ゲームで慣れている俺ですら驚く指遣いでメッセージを送り終えると、よいしょと掛け声をあげて立ち上がった。 「ほんなら、今から買い物してうさまるの家行こか。あ、心配せんでも大丈夫やで。別に俺は床でざこ寝でええし」  ちっとも心配していないことを気にする幸に、俺は自分が考えすぎていたんだと気づいた。きっと、幸は俺が1人で暮らしてようが何とも思わないんだと。 「誰も泊めるなんて言ってないんだけど」  拒む俺の言葉を無視して、赤髪野郎は満面の笑みで親指を立てた。……マジ迷惑なやつ。      

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