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「誰だよ!!たこ焼きの中にチョコレート入れたやつ!タコと相性最悪なんだけど!!普通、こういうの入れる時はタコ抜きにしない?!」  口を押さえつつ騒ぐ拓海に、すっと右手を挙げる。すると俺を見る拓海の目が余計に鋭くなった。 「慧!俺、お前だけは普通でいてくれると思ってたのに!!昔の慧なら、こういう遊びなんてくだらないって言うはずだろ?!」 「いや……なんか、流れで」 「どんな流れ?!ってか、慧は料理音痴なんだから、おとなしくしてて!!」 「でも、ここ俺の家だし」 「タコ焼き機は俺のだから!バイト終わりにわざわざ家に寄って、重たいのにわざわざ持ってきたのは俺だからな!!」  口の周りをチョコレートで汚しながら怒る拓海。その隣では歩が淡々とたこ焼きを食べていて、中身は当たりと外れがあるはずなのに、歩はちっとも外れを引かない。 「なに?」  あまりにも俺がガン見していたからか、横目でこちらを見た歩が聞いてきた。 「歩、さっきから外れ引いてなくない?エスパー?」 「こんなの色と形と大きさで判断できるし、いくら移動させたって、ヤバいやつがどこに行ったかは覚えておくだろ。それなのに外れ引くのは大バカかドMかだ」  ふん、と拓海を鼻で笑った歩が新しいたこ焼きをとる。それを齧ったところで、歩の動きが止まった。まるで凍ったみたいに動かなくなった。 「歩?」  呼びかけると、小刻みに震える歩が顔を上げた。視線を向けるのは俺でも拓海でもなく、幸だ。 「幸……お前、俺が慧と喋ってる間に余計なことしやがったな」 「えー、なんのことか全然わからへん」 「ふざけんな。俺はどこにアウトがあるか覚えてんだよ。ここはセーフだった」  ため息をついた歩の口元に見えたのは、真っ赤なたこ焼きのような物。そこから漂ってくる匂いに赤色の正体が何かわかった。だって、それは俺が作ったやつだから。 「あ、それ俺が入れたイチゴジャムだ」 「お前はバカか?なんでタコとジャムが一緒に入ってんだよ……クッソ不味いなァ、オイ!」  珍しく声を荒げる歩に、真っ先に反応したのは拓海だ。 「歩だっさ!偉そうなこと言って俺と同じじゃん」 「この赤髪が余計なことしなきゃ、俺は絶対にこんなの引いてない」 「あかんで。人のせいにせんと、自分の間違いを認めぇや」  げらげら笑う拓海に歩がキレて、それを幸が宥める。 「そうそう。自信満々で言ってたくせになぁ……あの時の歩の顔、真似してやろっか?」 「黙れクソチビ」 「こーら!人の悪口も言うたらあかん。たっくんはチビでも器は大きいんやで」  お前らいつの間にそんなに仲良くなったのと聞きたいぐらい、3人はテンポ良く会話を交わしていく。  けれど、こういうのって今までになかったから楽しい。拓海と歩との3人もいいけど、そこに幸が入るともっといい。幸は歩に言い負かされることがないし、かと言って場の雰囲気を悪くすることもない。いい感じに受け流して、いい感じにからかって、でもいい感じに話を終える。  突然入ってきた幸は邪魔になるどころか、いてくれて良かったと思う存在だ。だからだろう、歩も拓海も幸に対して壁がない。 「ほら、うさまるももっと食べや」  残り少なくなってきたたこ焼きを指さし、幸が笑う。俺はそれに首を振って断った。 「後で腹減っても何もないで。ええんやな?」 「お前は俺の母親か。その時は適当に食うからいい」 「あかん。規則正しい食生活を送らな、身体壊してまう」 「ますます母親かよ。ってか元々あんまり食わないから」  チビのくせに大食いな拓海と違い、俺の胃は少し小さめらしい。リカちゃんにもよく言われるけれど本当にすぐ満腹になる。けれどその分、空くのも早いような気もする。 「慧って細すぎて頼り甲斐な~い……って彼女ちゃんに言われても知らんで」 「言われねぇよ。変な声出すな気持ち悪い」 「幸子って呼んでね」 「ウザ絡みは無視な」  身体をくねらせる幸に近くにあったティッシュ箱を投げつける。すると幸には逃げられたけれど、俺たちを見ていた歩と目があった。不思議そうな、ちょっと驚いたような顔をしていた。 「慧。お前、いつの間にコミュ障じゃなくなったんだ?」  床に転がった箱を拾いながら歩が言う。 「は?急になんだよ」 「慧が俺ら以外と普通に話せてんの初めて見た。なあ、チビ」  歩の隣でチビと呼ばれた拓海が頷く。なんて失礼なやつらだと怒る俺の隣で幸が笑う。  きっとこんな時間は『普通』なんだろうけど、俺には初めての経験で。正直な感想は、楽しい以外の何でもなかった。楽しい時間は嫌なことを忘れさせてくれるって、あれはマジだ。  

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