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 予告もなく俺の口の中に入ってきたリカちゃんの舌。それが歯の裏を撫で、上顎を擦り、苦しくて逃げようと顔を背ければ即座に頬を掴まれる。口を開けば余計なことしか言えない俺を責めるように、リカちゃんの舌が俺のそれを突いた。 「んっ、ん……な、ちょっ」  仰け反った反動で後頭部が玄関の扉に触れる。金属の冷たさとは反対に、リカちゃんに奪われた唇は熱い。 「リ、ちゃ……やめっ、待」  逃げようとする俺を見おろす瞳。いつもキスする時は閉じているか微笑んでいるかなのに、色も温度も感じさせないそれに、思わず縋りついた手がリカちゃんの腕に触れる。 「んうぅ……や、っだ」  いくら付き合っていたって、いつでもキスしたいわけじゃない。場所とかタイミングとか、俺にも都合がある。嫌な時は遠慮なく言うし、嫌じゃなくても言うけれどリカちゃんはその線引きが上手い。俺が本当はどう思っているのか、言葉にしなくても汲み取ってくれる。  そのはずなのに今日は止まってくれない。いつものリカちゃんじゃないみたいだ。 「リカちゃ、ここ、外……っだから」  ずりずりと落ちていきそうな身体。それを片腕で支えてくれるリカちゃんは、細いくせに馬鹿力だ。たっぷり手加減してもらわないと、俺はどうしたってこいつに勝てない。 「んんっ、ふ……ぅ」  口のなかで2人の舌が絡まる。ぐちゅぐちゅと音がして、温かくて柔らかいものに包まれる。すると、止めようとしていたはずの手が無意識のうちに背中に回っていた。  こんな時でも気持ちいいなんてずるい。才能の無駄遣いしてんじゃねぇよ、バカ。 「はっ……ぁ」  自分でもわかるほど甘ったるい声が零れると、今度は舌の付け根にリカちゃんのそれが絡みつく。送られる唾液が合わさった唇の隙間から伝い、静かに流れ落ちていった気がする。 「も、うこれ以上は、むり」  これ以上続けられたら変な気分になってしまいそうだった。本当はもう既になってるけど、まだ今なら止められる。だから俺は、縋りついていた手を離した。なんとかして理性をフル活動させて願えば、いとも簡単にリカちゃんの唇が離れていく。  さっきまで異常なぐらいしつこかったのに、本当に簡単に手放される。   「リカちゃん……なん…………っ、すげぇ顔」  至近距離にあるリカちゃんの顔は赤く、耳まで同じ色だ。寄った眉は顰められているし、軽く伏せられた睫毛は小刻みに揺れている。  珍しく照れているらしい。襲ってきたのは自分のくせに、照れる理由がわからず戸惑ってしまう。 「リカちゃん……えーっと。あの……さ。とにかく、なんて言うか大丈夫?その、色々と?」  普段とはあまりに違うリカちゃんに、とりあえず聞いてみた。すると返ってきたのは「大丈夫」でも「大丈夫じゃない」でもなく、思いもしない返事。リカちゃんの標的になったのは俺の耳だ。 「──っひ!」  ふぅ、とかけられる息。それは、いつもよりも遙かに熱かった。 「おまっ、ふざけ……」 「失敗した。さっさと家に連れ込めば良かった」 「は?家に連れ込む?」 「あー……もう。慧君が可愛いことばっかり言うから悪い。嫉妬してるのが丸わかりなところも、わざと煽るようなこと言って俺を妬かせようとしてるのも、言い過ぎたけど謝るタイミングなくて困ってるのも堪らない。やっばぁ……もう、どうしよ。予想の何段階も上をいってて、頭が追いつかない。とりあえず触りたいし、もっとキスしたい」    わけのわからない事を言うリカちゃんの表情は真顔で、それを見ると冗談じゃなく本気で言ってるんだとわかった。言われたことも自覚があるような、ないような、やっぱり自覚のあることで、頭が理解した途端に全身がボッと熱くなった。  恥ずかしいって感情が全身に満ちていく。 「なっ、別に俺は嫉妬なんかしてないし。お前のヤキモチなんて鬱陶しいだけで嬉しくもないし、謝ろうとも思ってないし!」 「それも。言ってることは全然可愛くないのに、全身で好き好きアピールしてくるのやめて。心臓に悪い」 「誰もそんなことしてねぇよ!!そんなの全部リカちゃんの勘違いだろ!」 「勘違いでも何でもいい。慧君に好かれているなら、なんら問題ない」  勘違いなら好かれてねぇじゃん……って思う俺の目の前で、リカちゃんがにっこりと笑う。どれだけ否定しても聞く耳を持たないつもりなのか、俺の言ったことはガン無視だ。 「リカちゃんウザい」 「つまり、大好きだと」 「ちげぇわ。そんなの一言も言ってない」 「慧君は口よりも目で語る男だから。そんなところも好き」  リカちゃんの顔が近づいてきて、俺が何かを言う前に唇を食べられた。ちぅ、という妙に可愛い音で吸いつかれたかと思えば、すぐに離れていく。 「慧君。ちなみに俺は口でも、目でも語る男だから安心して」  何を安心するんだよ。ってかお前、さっきからキャラ変わりまくってるけど大丈夫かよ。言われたとおりに目で語ったはずなのに、リカちゃんに届かない。  

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