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「うさまる、おかえり」  玄関先で満面の笑みを浮かべて立つ幸を見て、俺は自分の終わりを悟った。まだ高校生なのに、短い人生だった……なんて、思い出を振り返ろうとして、その少なさに我ながらひく。これは現実逃避してる暇があるなら、なんとかして切り抜けろって神様からのお告げかもしれない。  やってやろうじゃねぇか。俺だってやれば出来る男だって、顔も知らない神様に宣戦布告だ。  キッチンで洗いものをしているはずだった幸が、なぜか玄関にいる。しかもその足元はしっかりと靴を履いていて、俺の頭に浮かんだ候補は3つ。  候補その1。リカちゃんとの会話を全部聞かれていて、なんなら廊下でちゅーしまくったのもバレてしまっていて、うわコイツらホモかよ気持ち悪いと思ったからこのまま帰ろうとしてるパターン。幸のことだから言いふらしたりはしないだろうけれど、それは俺の願望も込められている。  ……うん。別に言いふらされたところで、共通の知り合いはいないから多分大丈夫。ちょっと、それなりに、結構傷つくだけ。  候補その2。リカちゃんとの会話を聞かれていて、廊下ちゅーもバレてる。けれど候補2の幸は俺とリカちゃんの関係を気持ち悪いとは思っていなくて、むしろ逆に気をきかせてくれたパターン。この後は満面の笑みで「俺もう帰るから、噂のリカちゃんと仲良くな」って言ってくれるやつ。  ……候補2の幸がイケメンすぎるし、こんなの漫画でしかない展開だろ。さっきまで一緒に飯食ってた友達が実はホモで、マンションの廊下でちゅーする変態だなんて受け入れられるわけがない。ポジティブすぎて却下だ。  そして候補その3。実は何も聞かれていなくて何もバレていない。たまたま幸に用事ができて、帰ろうとしていたところに、たまたま俺が戻ってきたパターン。でも、これはきっと可能性としては1番低い。候補じゃなく俺の希望と願望を足して割って、偶然を掛け合わせたものでしかない。  さあ、どれだ。  できれば3で、それが無理なら2がいいけれど……どれが正解だ。笑顔で立つ幸を睨む勢いで見つめ、俺は幸が玄関にいた理由を告げられるのを待った。黙って見上げる俺を見る幸の目がパチ、パチと瞬く。その音すら聞こえそうなぐらいに、今いる空間は無音だ。 「うさまる?」  静まり返った空気を壊したのは幸だった。 「どしたん、ずっと黙って。見つめ合うと素直にお喋りでけへんタイプなん?」  ヘラリと笑って、なんとなく聞いたことのあるフレーズを幸が口にする。そして、俺の視線が靴に移動したと気づいたかと思えば「ああ」と、目の前のイケメンが小さく頷いた。 「ごめんなー。俺も泊まる気満々やってんけど、急に用事できてもて。帰らなあかんくなってもた」  ハイ、きた。まさかの候補3。俺の希望と願望でできた1番ありえないルートを選ぶ幸に、思わず零れたのは笑顔だ。友達が帰ろうとしてるのに喜ぶなんて我ながら最低だとは思うけれど、嬉しいものは仕方ない。 「えっ、なんで喜ぶん?!ここは寂しがるところやろ」 「いやいや喜んでるわけじゃないけど……でもほら、泊まっていいなんて俺言ってないし。あ、帰り道わかんなくても駅まで送ったりしないから」 「流れでお泊り会やったやん。完全にその流れやったやん!全部合わせて冷たすぎやろ!」 「幸の気のせいじゃね?まあいいじゃん、結果オーライ的な」  数時間後にはリカちゃんが帰ってくるのだから、何としてでも幸を泊めるわけにはいかない。  適当な理由を作って強引にでも帰ってもらおうと思っていた俺は、幸からの申し出にありがたいと思いはしても、断るわけがなくて。 「じゃ、気をつけて早く帰れよ。寄り道せずに早くな」  急かすように笑顔で手を振る俺を見る幸の目は、完全に濁っていた。常にキラキラしている印象の幸のギャップを知った気分だ。

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