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「用事と俺のどっちが大事かぐらい聞かれへんの?可愛げないで、うさまる君」
濁った目をしたまま言う幸は、リュックを背負い直した。めちゃくちゃ軽そうな音を立てる鞄に、そんなに軽いなら必要ないんじゃないか…って言いかけて、会話を膨らませたくないから気づかないふりをする。
「どうでもいいから早く帰れよ。玄関でどんだけ話してんだよお前」
なかなか立ち去ろうとしない幸の前を通って、思いきり扉を開ける。外に向けて開くタイプの玄関扉は、予想以上に勢いよく開いた。あまりにも良すぎて、ぶおんって音まで鳴ったぐらいだ。
「っ…………あ?なんだよ、2人揃って出迎え?」
そりゃあ勢いも良くなるはずだ。俺が扉を開けると同じタイミングで、同じ動作をしたらしい歩が目の前にいたんだから。歩はドアノブを握ったままの体勢で、小さく首を傾げていた。
「出迎えだとしてもタイミング良すぎじゃね?」
不思議そうな顔をした歩の視線が、俺から幸へと移る。
「何、お前もう帰んの?」
歩に頷いた幸がヘラリ、と笑う。歩と幸の目線の高さは同じぐらいだから、俺だけが少し見上げる形だ。別に不満じゃないけど、ちょっと嫌な気分。
「あー、ちょっと用事できたから。ほんまは帰りたくないんやけど、しゃあなしな」
「用事ってこんな時間にかよ」
既に時計の針はかなり遅い時間を指していて、俺たち高校生が外に出ると補導されかねない。自分だって今までコンビニに行っていたくせに、時間を気にする歩に幸が微笑む。
「夜はまだまだこれからやで、歩くん」
「その言い方するってことは彼女のところか」
「まだ何も言うてへんやん」
「どうせ今から来てって頼まれたんだろ。お前、そういうの断れなさそうだし」
歩の言い方に俺は黙って幸を見た。俺の視線に気づいた幸が、苦笑する。
「別にわざと黙ってたわけちゃうねん。うさまるだけ仲間外れしてたわけでもないし」
言葉にしなくても俺が言いたいことをわかったんだろう。幸が先回りした。
「まだ俺はなにも言ってない」
「目が言うてるやん。彼女がいるなんて聞いてないって」
「いるとは思ってた。それより、歩が知ってて俺が知らないのは、なんで」
「歩が鋭いから、うさまる怒らせてもたやん。どうしてくれるん?
助けを求めるように言った幸に、歩はコンビニの袋から取り出したコーラを無言で渡す。それを受け取った幸は、ほとんど物の入っていないリュックへと入れた。
「ごめんな、うさまる。俺これからデートやから、帰ってシャワー浴びて、爽やかでフローラルで、癒される匂いの幸君に戻らなあかんねん。臭い男は嫌われてまうやん?」
「いい匂いでも、お前みたいなウザい言い方する男は嫌われるだろうけどな」
「どんだけ辛辣なん!まあええけどー……楽しいボーイズトークは、今度しよな」
顔をくしゃっと歪ませて笑った幸は、歩にも詫びる。もう一度俺へと視線を戻した時、俺は本能的に何か嫌な予感がした。にこにこ笑っている幸が、笑っていながらも笑っていないような気がしたからだ。
「せや。さっきから気になっててんけどー……」
ちょっと語尾を伸ばして言った後にスッと伸びてくる幸の腕。1時間ぐらい前には器用にたこ焼きを転がしていた指がどんどん近づいてきて、俺は簡単捕まってしまう。ふに、と肌に触れた指先からは、洗剤の良い匂いがした。ちっとも臭くはないその匂いが、俺の唇の上をそっと撫でる。
「うさまる。唇のここ、どないしたん?めっちゃ真っ赤やで」
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