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 その後は歩にこれでもかと説教された。お前はバカか、兄貴もバカだ、お前らはまとめてバカだ。早く2人でバカの国へ帰れと、リカちゃんの分まで意味もわからないことで叱られた。長い説教に飽きて最後の方は寝そうになって、焦って浮かべた愛想笑いには死ぬほど冷たい目を向けられた。  無駄に元気な歩に怒られ、日頃の拓海の気持ちがよくわかったぐらいだ。きっと、明日から拓海に優しくできる気がする。気がするだけで、実際に優しくするとかは別問題だけれど。  それでも、なんとか疲れた身体を奮い立たせてシャワーに入り、時計を見れば既に日付を越えていた。そろそろ言っていたリカちゃんの門限だ。まだ連絡はない。  門限破る気かってイライラと、そもそも門限なんて俺が勝手に決めたことだしって諦めと、リカちゃんなら守るだろうって期待が俺の胸の中で戦う。でも。 「いくらリカちゃんでも他人に門限なんか決められたくはないよな。普通だったら怒るところだもん」  リカちゃんは基本怒らない。学校じゃ怖いって言われてるけど、俺はそれをまだ見たことがない。  いつかリカちゃんも本気で俺に怒る日が来るんだろうか。だとしたら、俺は何をしでかしてリカちゃんを怒らせるんだろう。  寝坊も遅刻も、好き嫌いも悪口を言っても殴っても蹴っても。何をしても怒らないリカちゃんを怒らせる理由……それを考えること30分。勝手に落ちていく瞼と意識に、もう無理だと思ったのはすぐのことだ。  ああ、このまま寝ちゃうって考えられたのも少しの間で、気づけば身体がふわりと浮いた。  ふわふわ。ゆらゆら。ぽかぽかして、やわらかい。すっげぇ、きもちいい。なにこれ。  さっきまでの場所から移動させられたかと思えば、何かに包まれる。触れるシーツは冷たいのに身体を包むものは温かくて、そしていい匂い。甘いような爽やかなような、花みたいな、でもちょっと違う匂い。これは、石鹸の匂いだ。  少しだけ久しぶりの、リカちゃん家に置いてあるボディーソープの匂い。 「…………んぬぅ」  無理して開けようとした瞼に何かが触れる。それは、すっと滑ってこめかみへと移動して、そのまま頬を通って顎へ。骨を軽く噛むように歯を立てられると、浮上していた意識がぐっと鮮明になった。 「リ、あ、ちゃん?」  でもまだ声は出なくて、掠れた音で訊ねる。 「ん。ただいま、慧君」 「…………じかん」 「門限は守った。10分前ならセーフでしょ」  あと30分だと思ったところで意識が途切れたから、俺が寝ていたのは少しだけ。本格的に寝入る前に帰ってきたらしいリカちゃんに、しがみつく。寝ぼけているから、リカちゃんが温かくて良い匂いをさせるから。理由をこじつけて抱きつくと、俺よりも強い力で返された。 「酒のにおい、しない」  すぐ近くでリカちゃんが笑う気配。 「たいして飲んでないし、シャワーも浴びたから」 「飲みに行った、のに」  リカちゃんは見た目に反して酒に弱い。弱いなんてレベルじゃなくて、ほぼ飲めないに等しい。 「ああ……そっか、お前酒ダメだもんな。リカちゃんのくせに酒弱いとか、ウケる」  つい笑ってしまうと、それを咎めるようにリカちゃんが歯を立てる。まだ顎を噛まれていたことを忘れてた。ちょっと痛い。嘘、くすぐったいだけ。 「んっ、噛むな」 「意地の悪いことを言う慧君が悪い」 「だからって」 「じゃあ舐める」  屁理屈みたいなことを言ってリカちゃんが歯を引っ込める。噛まれるのも困るけど、舐められるのはもっと困る。 「やめ、ろってば」  骨に沿って動く舌先。すーすーとした香りがするから、風呂だけじゃなく歯磨きもしてきたんだろう。 「リカちゃん、すぐ帰ってきた?あの後」  顎から耳元までを舐められながら俺は問いかけた。 「うん。一応顔だけ出してすぐに帰って来た。桃の相手は俺より豊の方が慣れてるし」 「そか……って、耳元で喋んな」 「慧君が聞いてきたから答えただけ」 「おいこら。息かけんな」  俺が本気で嫌がることはしないって、そこは信用しているけれど、それ以外だと意地悪な男を睨む。飲みに行ったくせに素面の時と変わりない顔が、めちゃくちゃ近くにある。  相変わらず顔だけは良いな、こいつ。無駄に。無駄すぎるくらいに。 「やっばぁ……可愛い。寝起きがこれほど可愛い男子高校生って、きっと慧君ぐらいだと思う」    でも性格に問題がありまくるから、やっぱりリカちゃんの顔の良さは無駄だった。

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