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第3話
六時間目開始のチャイムが鳴り、しばらくしてそれは終了を告げる。
それから三十分ほど経ち、そろそろ帰るかと俺たちは重い腰を上げた。
三人揃って教室へ向かえば、向けられる視線に潜めた声。
……本当にウザい。 どうせ良くない話してんのはわかってんだから隠さなくていいっての。
「相変わらず慧は見られるねぇ」
「コイツ顔だけは良いからな。顔だけは」
「でも本人は勘違いしてっけどね」
二人の会話なんて聞いてもない俺は、その視線に苛立ちながらも完全スルー。たまに挨拶される事もあるけど知らないヤツに挨拶する意味がわからねぇ。
誰彼構わず挨拶してたら一生し続けなきゃならないと思う。それとも挨拶すんのが趣味か?えらい悪趣味だな。
ほとんど帰った教室内。もう残ってるのは数人。
誰も近寄らない窓際の俺の席に知らない男が座っていた。
「うげ……」
後ろで拓海の嫌そうな声が聞こえるが俺はそれを無視して近づいて行く。
座っていた男がこちらを向き、俺と目が合う。後ろの拓海には目もくれず、俺だけを見た男は恐ろしいほどに整った顔をしていた。
パーマでもあててんのか知らねぇけど柔らかそうな黒髪に同じ色の瞳。不敵な笑みを浮かべた目元にはほくろ。緩く微笑む唇は薄く白い肌に唇の赤が映える。
スーツって事は教師?にしては、やけに若い。
「誰」
立ったまま俺は男を見下ろす。その瞳に映る自分はとてつもなく冷めた顔をしていた。
「だからお前……誰」
二度目の問いかけに、やっと男は答えた。
「お前は一月にもなって担任の顔も知らないのかよ…出席番号一八番の兎丸 慧クン?」
俺の担任。 確か名前は……
「獅子原 理佳 。絶対に忘れんな」
あぁ、コイツが近づくなって噂の三つ目か。
獅子原理佳に逆らうな、獅子原理佳を怒らすな。
リカちゃん先生は……とてつもなく…ヤバイ。
俺たちにサボったペナルティとして課題を与えた獅子原は、軽く注意だけして出て行った。その様子を黙って見ていた拓海がすかさず寄ってくる。
「慧っ!いくらお前でもリカちゃん先生はヤベぇって!」
「リカ?」
「獅子原先生!名前を音読みするとリカになんだよ!」
ハッ…。あんなナリしてリカちゃん、ねぇ…。
「慧だって噂ぐらい聞いたことあるだろ?この学校の近づいちゃダメなもの三つ!」
「噂だけはな。教頭と旧校舎はわかるけどなんでアイツも?どう見ても弱そうなんだけど」
さっきまでここに座っていた獅子原は、噂になるほど怖そうに見えなかった。いかにもモテそうな男。あの不敵な笑みは自信の表れだろう。
「俺には嫌味なやつにしか見えねぇわ」
理解できそうにない噂話に興味など持てない。それなのに、なぜか拓海は話をやめない。
「リカちゃん先生がキレると誰も止めらんねぇの!噂では元ヤンとか族の頭だったとか言われてるんだからな!!」
「元ヤンって…ありえねぇだろ」
「どんな問題児だってリカちゃん先生には逆らえないんだから!この前、ケンカしてた三年生がいてさ、全員廊下に並べて正座させたらしい」
「そんなの別に大したことないだろ」
今時、正座させるなんて古いけれど教師が生徒を怒るのは当たり前なんじゃないか。だからどうしたんだ?
俺にはいまいち理解できなかった。
「すっげぇ暴れてたのがリカちゃん先生が現れた瞬間、おとなしくなったらしいぞ」
「へぇ」
「へぇ。ってお前なぁ……ッ!!」
伝わらないもどかしさからヒートアップしていく拓海。それを遮るように今まで黙っていた歩が鞄を持って近づいて来る。
「盛り上がってるとこ悪いけど、俺バイトだから行くわ」
「俺も帰る」
歩に続き、俺も自分の鞄を手に取った。
「ちょい待て!!人がせっかく説明してやってんのに置いていくなってば!!!」
歩と並んで教室を出て行けば後ろから拓海が走って来る。
リカちゃん先生とか心底どうでもいい。
俺は自分に関係ない事までとやかく言うほど暇でもないしお節介でもない 。究極の自己主義かつ面倒臭がりだからな。
ただの担任。それ以上でも以下でもない。
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