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第6話

「俺待ってろって言ったよな? たった一時間も待てないなんてバカなのか?」  テーブルに置きっぱなしだったカップ麺の容器を見て獅子原が視線を鋭くした。 「腹減ったんだから仕方ないだろ。遅いお前が悪い」  我ながら滅茶苦茶な言い分だとは思う。が、食べてしまったものは仕方ない。今さら出すことは出来ないんだから開き直ってやった。それを黙って見る獅子原の視線が痛い。  少しの沈黙が流れ、諦めたように小さく息を吐いた獅子原がテーブルの上に何かを広げていく。 「せっかくだから少しだけでも食えよ」  テーブルの上にドンと置かれた料理。待ってろと言って消えた獅子原は、紙袋を片手に戻って来た。その袋の中から取り出したのは様々な大きさのタッパーだった。 「ってかさ、家に皿も無いってどんな生活してんのお前」 「必要無いモン置いてても無駄だから」  タッパーのまま並べられた料理を見て獅子原がため息を吐く。辛うじてあった割り箸を手に取るその目は、呆れを通り越して何を考えてるのかわからない。 「そういや聞くの忘れてたけど、お前コンソメ派? それともトマト派?」 「は?」  なんだコンソメ派、トマト派って。 アレか。ポテチの味か?それなら…… 「塩」 「は?」  違った。明らかにお前何言ってんだ? という顔で獅子原が俺を見る。 「ロールキャベツの話なんだけど。コンソメで煮てるからトマト派ならケチャップかけろよ」  あぁ……なるほど、と納得して気づく。 「これ、お前が作ったのか?」 「お前ってなぁ……年上を敬えよ」 「んじゃ獅子原」 「先生を付けろバカ」 「うぜぇな…………って、え?」  そこで俺が見たもの。それはテーブルの横に立つ獅子原が履いている靴下。 「お前っ……それマジか!」  獅子原は、とてもとても可愛らしい黒猫の靴下を履いていた。 「ぷはっ…! おま、その顔して…っ、ね、猫とか」 「うっせぇ。教師なんてクソ真面目な仕事してっと靴下ぐらいしか自己主張できねぇんだよ」 「だからってソレは無ぇわ」  色気垂れ流しの顔して黒猫の靴下とかネタか。そういや今日の姿も学校で見た時と全然違う。着てるパーカーは黒なんだけど中に着ているのは薄いピンク色のシャツ。下は細身のジーンズ。こうして見ると本当に大学生みたいだ。 「靴下といい服といい教師っぽく無ぇな」 「バーカ。私生活まで格好つけてたら疲れんだろ。それより冷めないうちに食べるぞ。早く座れよ」  いや…偉そうにしてっけど、ここ俺ん家な。言えばまた面倒くさそうなので黙って席につく。すると前の席に獅子原が座る。  歩と拓海以外の誰かと一緒に飯を食うなんていつぶりだろうか。 目の前の獅子原と目が合って、その視線から逃れるよう顔をそらした。  獅子原が持ってきた料理はどれも美味い。美味くて、それでいてなんだか懐かしい。ロールキャベツにジャガイモとベーコンを炒めたヤツ。いつも食べてるカップ麺とは全然違う。 「なぁ。これってドコの惣菜?」 「は? まぁ…強いて言えば、ビストロ獅子原」  ビストロ…獅子原? っつー事は、まさか。 「え、これ作ったのお前?」 「だからお前って言うなつってんだろ。こんなん買うより作るほうが経済的だろうが」  うっわ意外…。だってこんな見た目で料理出来るとか意外過ぎる。 「経済的って…こんな高級分譲マンションに越してきて言う言葉じゃねぇよ」 「三五年ローンだ。高校教師ナメんな」 「ってかさ、分譲買うって事はもうすぐ結婚でもすんの?」   獅子原が何歳かは知らねぇけど、結婚予定も無いヤツがこんな高いマンションなんて買わないと思う。まぁ…別に獅子原の恋愛事情とか全く興味ねぇんだけど。 「結婚なんてしねぇ。他人のモン借りて金払うなんて馬鹿らしいだろ」 返ってきた答えは、それはそれは男らしい理由だった。しかも、その理由が似合い過ぎてるから笑えねぇ。 「そんなことより俺も聞きたい事あんだけどさ、お前家事とかしてんの? キッチン使った形跡無いんだけど」 「掃除と洗濯しかしねぇ」 「んじゃ飯は? 飯どうしてんの?」  俺は床に置いたままの袋を指差す。そこには昨日買ってきた大量のカップ麺が中にぎっしり詰まっている。 「マジかよ…」 「別に食べれりゃ何でもいい」 「お前こんなんばっか食ってるのに肌綺麗とか女子の敵だな」 「綺麗とか言うな変態教師」  ニヤニヤしながら俺をからかう顔。それが腹立ってテーブルの下で思い切り蹴り上げてやった。 「……口だけじゃなく足癖も悪いなお前」 「そういうお前もな」  俺の言葉に獅子原はため息をつき、その後何かを思いついたようにニヤリと笑う。  この短時間でわかった……その笑い方は絶対に良くないことを思いついた笑い方だ。 「なぁ。お前のベッドってサイズどんぐらい?」 「は? ダブルだけど…それが何だよ」 「ダブルか……悪くねぇな。うん、悪くない」 何が悪くないのか意味不明だ。俺のベッドがキングだろうがシングルだろうが獅子原には一切関係ない。これを食べ終わったら即サヨナラ。もう学校以外じゃ関わる事なんて無いんだから。 「決めた。俺が朝と夜お前の飯作ってやるよ。だからお前は俺と一緒に寝ろ」 「………は?」 「俺が頼んだベッド届くの二週間後なんだよ。その間、俺どこで寝るかってなるだろ?」 「………………は?」 「ソファじゃ疲れとれねぇし、布団買うの勿体無いしな。お前と俺ならダブルもあれば十分だろ」  その台詞に考えるよりも先に言葉が出た。 「バカじゃねぇの?! 誰がお前なんかと寝るか!」 「だからお前って言うなって何回言わせるんだよ」 「そこじゃねぇわ! そんな提案拒否だ拒否!」 すると獅子原はさっき浮かべたよりも更に嫌らしく、かつ凶暴に笑う。まるで肉食獣のような獰猛な笑みで。 「さっき冷蔵庫見たらさぁ……なんでかビールがたっくさん入ってたんだよなぁ。なんでかなぁ?なーんで1人暮らしの兎丸君の家にビールなんてあるんだろうなぁ?」 「それは…………兄貴が泊まりに来た時に」 「へぇ。コップも箸も無い家に大量のビールは置くんだ? 手洗い場かりた時歯ブラシ一本しか無かったけど?」  ヤバい。理由が思いつかねぇ……。 「俺こんなんでも一応はお前の担任だしなぁ?黙ってるのはマズいよなぁ。どうするかなぁ?」 「…………この性悪野郎」 「二週間ちょっと我慢するだけで平和な学園生活と美味い飯付いてくるけど……どうする? 俺は優しい先生だからお前に決めさせてやるよ」    こうして俺と悪魔の地獄の半同居が始まった。

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