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第7話

「とりあえず食ったら出かけるから早く食え」  視線は手元に落としたまま獅子原はそう言う。 「勝手にどこにでも行けよ」 「俺だけじゃなくてお前も一緒にな」 「行くわけねぇだろ。なんでお前と出かけなきゃなんねぇんだよバーカ」  手元を見ていた視線が俺に向く。その顔はこの短時間で何度も見た自信に溢れている。 「まだ逆らうんだ?」 「逆らうってお前に従った覚えねぇんだけど」  こうやって一緒に飯を食ってんのも脅されたからだ。決して自分から進んでじゃない。 「本当に生意気。聞いてたのと全然違う」  小さすぎて聞こえなかった声。箸を置いた獅子原は頬杖を付き目を眇めた。  偉そうとは違う少しだけ柔らかい表情。けれどそれは一変して元の自信たっぷりで意地悪な顔に変わる。 「こんなに生意気な生徒にはこれからも厳しくしてくれる先生が必要だよなぁ…」 「なにワケわかんねぇこと言ってんの?」  一人で喋って一人で頷いている獅子原に問いかける。楽しそうに笑った獅子原は迷うことなく答える。 「来年も俺のクラスにしてコキ使ってやろうか? 学校でも帰って来てからも俺専属の下僕として可愛がってやるよ」  冗談にしか聞こえないセリフ。けれどそれを言う獅子原の目が真っすぐに俺を見つめるから、コイツならやりかねないと思ってしまう。  …やりかねない、じゃない。コイツはやる。なぜかそう言い切れる。  俺は獅子原を完全に無視し、取り分けてもらった分を食べることに集中した。これは俺なりの抵抗だ。 「黙るってことは、俺の下僕にほしいんだ?」 「んなワケあるかバカ。お前にコキ使われるぐらいなら出かけたマシ」  コイツの下僕になんかなったら何されるかわかんねぇ。ひどい目にあわされることは間違いない。なぜなら獅子原は笑いながら人を追い込む天才だから。 「なんだ残念。まぁお楽しみは後にとっておくか」  意味ありげにニヤッと笑った後、獅子原は箸を持ち直し、また食べ始める。男二人で黙って食えば、目の前の料理はどんどん消えていく。チラッと盗み見た獅子原は、豪快に、かつ綺麗に食べていた。  このルックスで料理が出来るなら、どっか女のトコにでも泊めてもらえばいいのに。いくら性格が悪くて偉そうでも顔さえ良けりゃ簡単に股を開く女なんて腐るほどいる。  わざわざ男で生徒の俺に構う必要がわからない。 「ご馳走様でした。……って、なんだよその顔」  出された分を食べ終わり手を合わせると、まるで幽霊でも見たかのように驚く獅子原の顔を睨みつける。 「いや、まさかのセリフに驚いただけだ」 「俺だって必要最低限のマナーぐらい守るわ」  『ご馳走様』その一言でここまで驚かれるなんてバカにされてるとしか思えない。 「 クソ生意気で口が悪いお前が、ご馳走様なんて言えることに先生はビックリだ」  どんだけサボり魔で遅刻魔でも挨拶と礼儀ぐらい出来なきゃ人間のクズだと思う。 「意外と可愛いとこあんのな、お前」  頬杖を突きながら柔らかく笑う獅子原。バカにされるのは大嫌いだが、こうやって素直に褒められるのは慣れていなくて調子が狂う。 「テメェ殺すぞ。」  だから精一杯睨みつけて悪態をつく。けれど俺の威嚇など目の前の男には効くわけなどなくて。 「お前がダメならテメェもダメだろ。それとも何か? お仕置きでもされたいのか?」  この後、俺がコイツに暴言を浴びせまくったのは言うまでもない。 * 適当な服に着替えて、言われた通りマンションの下で待つ。すると、地下の駐車場から黒い車がやって来た。 俺の真ん前で止まった車の窓が開く。運転席から覗いている顔は紛れもなく獅子原だ。 「お待たせ。乗れよ」 やたら綺麗に磨かれた車は獅子原の性格かもしれない。さっきの料理だって小分けされていたし、食べ終わってすぐ洗ってたし完璧主義…っていうか自分にも他人にも厳しそうな男。 ってかこういう場合ってどこに乗んの? 助手席か後ろか…まぁ助手席は無いわな。そう思って後ろのドアに手をかけた時だった。 「バカ。前に座れよ」 「は? 前に乗るモンなの?」 「なんで二人で乗るのに後ろなんだよ。お前は前に乗っていいの」  イメージでは助手席は彼女だけ…とかじゃねぇの? ドラマとかでそういう話見た事あるんだけど。俺は男だからセーフなのか? うん、そうだな。自分なりの答えを見つけ、助手席に乗り込む。  車内からは甘いバニラの香りに、仄かにタバコの匂いがした。やっぱり中も綺麗に整頓されていて黒一色で、ぬいぐるみとかも置いてないモテ男の車だ。 「シートベルト、どこかわかる?」 「多分。ってかなんか異常に綺麗じゃねぇ?」  シートに汚れなんて無いしゴミ一つ落ちていない。 「あぁ。そこに座るのはお前が初めてだからな」  は?! まさかのペーパー?! こんな高そうな車乗ってるくせに?  口に出して無いはずの疑問。それなのに獅子原は答える。 「違ぇよ。隣に誰か座ってると息苦しいんだよ。普段は後ろに座らせんの」 「はぁ? さっき前に座れって言ったヤツが何言ってんの?」 「だから『お前は』って付けただろ。なんとなくお前は大丈夫っぽい」  出た。獅子原の意味不明な発言。 「そういうのは狙ってる女に言えバーカ。それともお前、俺の事狙ってるとかほざくなよ」 「生徒に手出すほど困ってねぇよ。それとも出してほしくて言ってんの?」 「………お前マジ頭どうかしてるって」  それもそうだ。その通りなんだけど、こんなセリフを本当に言えるってすげぇ自信。なにより獅子原が言うとリアル過ぎてキモい。頭のネジが一本どころか十本ぐらい抜けてんじゃねぇの。  ジロッと睨めば獅子原は鼻で笑ってハンドルを握る。 「じゃ、行くか」  その見た目通りの完璧な運転。片手でハンドルを操り、一定のスピードで車を走らせる。   急ブレーキもなきゃ急発進もないお手本のようなハンドルさばきに、内心『すごい』と思ってしまった。  これで運転下手とかだったら親近感湧くかもしれねぇのに……。やっぱりなんか嫌味なヤツ。  獅子原に連れてこられたのは少し離れた所にあるショッピングモールだった。 「ここなら他のヤツに見られないだろ。一応お前は俺の生徒なんだしな」 「じゃなくてお前が一応俺の担任な」 「今度お前って言ったらお仕置きだから。 それと苗字呼び捨てもダメだから。」  じゃあ何て呼ぶんだよ…獅子原先生とか? 長すぎて面倒くせぇな、おい。 「学校じゃ先生付けてもらうけど、それ以外なら名前でいいよ」 「は? 名前?」 「寧ろ今は先生ついてる方が困るし」  それもそうだ。こんなところで『先生』なんて呼んだら目立つに決まってる。だからって…名前で呼ぶか普通? まぁ『獅子原さん』なんて死んでも呼びたくねぇけど。  っつーかコイツの名前……あ、確か。 「リカ?」  そうそう。リカちゃん先生って拓海が言ってた。  それを思い出して口にすれば獅子原は何故か渋い顔をする。

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