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第8話
「俺の名前リカじゃなくてアキヨシなんだけど」
「でもリカちゃん先生って…」
「そう読めるだけだっつの。男でリカはねぇだろ」
獅子原は『理佳』って漢字だと教えてくれた。そう読めるっつーより、そうとしか読まないと思う。この字を初めて見てアキヨシって読めたヤツは天才だ。
「んじゃリカちゃん」
「だからリカじゃねぇって言っただろうが」
「いいじゃん。学校で『リカちゃん先生』って呼ばれてんだし。名前ぐらいでグチグチ言ってると文句多くて器の小せぇ男だと思われるぞ」
リカちゃんは少し考えた後、髪を掻き上げ諦めたようにため息をつく。器の小さい男と思われるのがよっぽど嫌なんだろうか。
「…………もういいよ。お前と先生以外なら何でも」
そう言ったリカちゃんは、俺を置いてそそくさと行ってしまう。けれど少しして「早く来いよ」と振り返るあたり、面倒見がいいと思った。
こういうのマジで面倒くさいし苦手だ。俺は俺のしたい時にしたい事をしたいようにする。それなのに、リカちゃんのペースに乗せられてても本気で嫌だと思わない自分が不思議だ。
「目当ての店どこ?」
スタスタ歩くから詳しいんだと思っていたら、着いたのは喫煙所。
「とりあえず一服してくるから待ってろ」
「車で吸えば良かったじゃん。匂いしてたから気づいてたし」
「お前が横にいんだから気遣ってやってたんだよ」
リカちゃんが俺と目線を合わせ、コツンと頭を小突く。
なんだろコイツ…………やたら慣れてる気がする。俺は男だからときめいたりしねぇけど、女のツボみたいなん押さえてるわ。これが女だったら完全に落ちてるに決まってる。
だって女って、ちょっと偉そうなイケメンに弱いんだろ?だから歩がモテるんだって拓海も言ってたし。
モテ男怖ぇ。俺様怖ぇ。
近くの自販機で買ったココアを飲みながら、俺はリカちゃんがタバコを吸うのをぼんやり眺めていた。
デニムのポケットからタバコの箱を取り出して一本咥える。ライターはシルバーのジッポ。人差し指と中指の先の方で軽く挟んで一息。
やべぇ…似合う。歩がたまに吸ってんの見たことあるけど、リカちゃんのはやべぇ。カッコいい…じゃなくて色っぽい。
例えば長い指とか、目元にかかる前髪とか。癖のある黒髪とタバコが合う。
ぼんやりと宙を見上げながら細い紫煙を吐き出す仕草。吸う時に口元が隠れて、少しして薄い唇が現れる。
ガラス張りの喫煙所の中には色んな人がいる。でも、その中でリカちゃんだけ違う。リカちゃんの周りだけ時間が止まってるみたいに見えるんだ。
きっとそれを思ってるのは俺だけじゃない。みんなの視線が1度リカちゃんにいき、そらした後また戻る。言葉で表せない独特な雰囲気がリカちゃんにはある。それを少し羨ましいと思ってしまう。
俺もタバコ吸ってみようかな…でも今さらデビューってのもなぁ。まず買いに行くのも面倒くさいし。
「お前ね、ガン見し過ぎ」
「うわっ。いつの間に?」
「あんだけ見られてたら落ち着いて吸えないっての」
見てたけど。確かに見てたけど。
いつの間にか俺の隣に立っていたリカちゃん。真っすぐに俺を見てニッと笑う。
「そんなにカッコよかった?」
「いや、エロかった」
リカちゃんが固まる。そしてため息をついた。
「本当、お前よくわかんねぇヤツだな。不真面目なくせに変なとこだけ素直で、すげぇ無愛想なくせに、たまにすげぇ可愛い」
「可愛いって言うな」
「あーハイハイ。さ、ついておいでウサギちゃん」
「あぁ?!」
「兎丸だからウサギだろ。なんなら俺のことはライオンさんって呼ぶ?」
「しばくぞテメェ」
「お前とテメェはお仕置きすんぞウサギ」
言い負かされて悔しくて、俺はリカちゃんのケツを蹴ってやった。
「うちのウサギちゃんは怒りっぽいのがキズだな。 」
蹴られても怒りもせず笑う。
「うっせぇ。うちのとか言ってんじゃねぇ。 」
「ハイハイ。あんまり怒ってばっかだと可愛さ半減するぞ。」
「可愛いって言うんじゃねぇ!!」
今度はもっと強く蹴ってやろうと力を込める。けれど、それはリカちゃんに当たることはなく、簡単に止められてしまう。
「悪いけど俺、蹴られる趣味ねぇから。二回目はなし」
その言葉に俺はリカちゃんがわざと蹴らせてくれてたことを知る。
「今度はもっと考えて仕掛けてね、ウサギちゃん」
リカちゃんのペースに巻き込まれるのは嫌じゃない……だなんて嘘だ。やっぱりコイツは好きになれない! そう思った。
*
「ウサギは青と緑どっち派?」
「どちらかと言えば青だけど…」
「んじゃコレでいくか」
「って待てコラ」
リカちゃんに連れられて来たのは食器とかタオルとか…とにかく日用品がいっぱい並んでる店だった。手に持ったカゴにどんどん物を入れていく。
お皿、茶碗、箸、コップ……。全て白地に黒ラインが入った物と同じデザインで青ラインが入った物。
「何? やっぱ緑に変える?」
「俺が言ってんのは色じゃねぇ。何で食器を買う必要があるんだよ。しかも色違いとかアホか」
「アホはお前だろ。食器無くて飯食えねぇだろうが。それに二人で食べんのにバラバラの食器使うってセンス悪いなお前」
クソ腹立つリカちゃんの言葉に俺は眉を吊り上げた。
「二週間の為に食器なんていらねぇし」
「あんな食生活させれると思ってんのかよ。ベッドが届いた後も飯は一緒に食うからな」
「…は?」
サラッととんでもない事を言い放ったクセに、当の本人は何でもない事のようにレジへ向かって行く。 戻ってきたリカちゃんの手にある紙袋の中身は色違いの食器一式。
「……何なのこの展開」
「さぁ? こうなる運命だったんじゃねぇの?」
フッと笑うリカちゃんは憎たらしくて憎たらしくて。でも、その自信たっぷりな言い草と溢れ出る俺様感にそれ以上何も言えなかった。
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