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第9話
その後もあれこれ買い漁り、最後に食料や調味料を買って車に戻る。
もちろん全部リカちゃん支払い。布団代を勿体無いと言いながら、これを買うのは勿体無くないのだろうか。
「ウサギはどこか寄りたい所とかある?」
「全く無い」
それより早く帰りたい。でもって早く帰ってシャワー浴びて寝たい。明日も休みだから昼過ぎまで寝続けたい。
「もう九時前だし帰るか」
駐車場に向かうリカちゃんの後ろについて行く。早く家に戻って、この男から解放されたい一心だった。
自分でもバカだと思うけど、すっかり忘れてたんだ。なんでココに買い物に来たのかを。そしてこの後、どうなるのかを。それを思い出した時には既にマンションに着いていた。
「んじゃ俺車入れてくるからお前は戻ってな。風呂は済ませて行くけど絶対に先に寝んなよ 」
「あ…そか。今日から来るのか……」
「まぁな」
走り去っていく車を見て、もう一度思った。なんなんだこの展開は…?!
どんなに反抗しても無駄で全部リカちゃんの思い通りになる。その理由はリカちゃんの口が上手すぎるからだ。
ピンポーン。
夕方と同じようになったチャイム。違うのは扉の向こうに立つのが誰かわかってるって事。
「ちゃんと起きてて偉いなウサギ」
性悪俺様野郎との一日はまだ終わらない。
「あのなぁ…俺来んのわかってて飲むなよ」
テーブルの上に置いてた飲みかけのビールをリカちゃんが手に取り飲み干す。
「これから禁酒な」
「は? なんでテメェに決められんだよ」
「お前の先生だからね、俺」
言うだけ言ってベランダに出たリカちゃんはタバコに火をつけた。変なとこで気遣いする変わったヤツ。まだ一月で外は寒い。リカちゃんの着てる部屋着じゃ風邪でもひきそうだ。
「寒くねぇの?」
「クソ寒い。何?気にしてくれてんの?」
「別に。寒いなら中で吸えばいいだろ」
中に入るよう促し、リカちゃんが飲み干したビールの空き缶に水を入れる。
「ほら」
それをテーブルの上に置いてやれば、リカちゃんは肩をすくめて小さく笑った。
「…ふ。お前ウサギのくせに猫みてぇなヤツだな。距離とるのに、たまに擦り寄ってくる」
「寄ってねぇよ」
咥えタバコのままソファに沈んだリカちゃんからタバコの匂いがする。って当たり前か。
「リカちゃんのタバコ、変わったデザインだな」
黒い箱に赤い英文字。そのシンプルさが、なんだかリカちゃんっぽい。
「あんま売ってるとこ無ぇからな。っつかお前、リカちゃん呼びに慣れんの早くね? お前のキャラでちゃん付けって意外なんだけど」
「テメェが先生も苗字もダメだっつったんだろ。俺バカだから使い分けとかできねぇし」
「ああ。納得した」
納得してんじゃねぇよ。クソ腹立つ野郎め。
「あ、忘れてた」
フッと笑ってタバコを消したリカちゃんは、思い出したようにポケットからスマホを取り出した。
「ウサギ。お前の番号は?」
「なんで俺がテメェと番号交換しなきゃなんねぇんだよ」
「なんでってこれから連絡する事だってあんだろ」
この数時間でわかったけどリカちゃんは強引だ。強引で意地悪い。あと俺様気質。
リカちゃんはやると言ったらやる。だからここで俺がいくら拒否っても無駄。それが既にわかってるから俺はやけくそ気味に番号を口にした。ちょっとの反抗心を込めて早口で。
それなのに聞き取ったリカちゃんはスラスラと指を動かす。 すぐにポケットの中のスマホが震えたが、相手は目の前のニヤけた野郎だから確認もしない。
「それ俺の番号だから。あとLINEも送っといたから登録しとけよ。晩飯いらねぇ時は前もって連絡しろ」
俺のスマホにはあまり連絡先が登録されてない。その少ないメモリーに加わった名前は『リカちゃん』
近づいちゃいけない男との距離がどんどん近くなっていく。
「それからコレも渡しとく」
ポンッと投げられたものを受け取る。
「は? 鍵??」
「俺ん家の鍵。スペアキー作んの面倒だし他に無いから絶対に無くすなよ」
「なんで俺がリカちゃん家の鍵持っとく必要あんの?」
うちに飯作りに来るなら俺がリカちゃんの部屋に行くことは無い。 よって俺にリカちゃん家の鍵は全くもって必要無い。
「ウチで食うこともあるだろうし、なんかあった時の為にな。お前はスペアキー無ぇの?」
「ある、けど」
「じゃあ頂戴」
スッと伸ばされた手に、なぜか素直に渡してしまったスペアキー。それをリカちゃんは自分のキーケースに付ける。
「見た目が一緒だから見分けつかねぇな。ペンある?」
「ん」
「お。油性。ウサギのくせにわかってんじゃん」
開けたキーケースの中で何やらゴソゴソしてるリカちゃん。何か書いてるっぽいけど、俺の立つ所からは見えない。
「何書いてんの?」
「んー? 子供にはヒミツ」
チッ。本気でクソ腹立つ。イライラしながら、気にして無いフリでスマホをいじればLINEが新着メッセージを受信していた。
『獅子原 理佳: よろしくお隣さん』
友達申請を承認した後、俺はそれに『するかバカライオン』と返した。
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