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第10話

「そろそろ寝るか」  何本目かのタバコを消したリカちゃんがソファから立ち上がる。時計を見るともう十一時半を回っていた。  俺もリカちゃんも決して口数が多い方じゃない。ちょっと喋ってテレビ見て、またちょっと喋って…そして気付けばこの時間だ。でもリカちゃんと一緒にいても喋らなくても苦痛に感じない。それは拓海や歩も同じだけど…たった一日でリカちゃんは俺との接し方をわかったんだろうか。  だとしたら本当に食えないヤツだ。 「なぁ。本気で男二人で寝んの?」 「さっきからそう言ってんだろ。結構いいベッド使ってんのなお前」  俺の寝室にはベッドとヘッドライト、カーテンぐらいしか無い。ベッドの枕元に物を置けるスペースがあるからそこにスマホを置く。リカちゃんも同じように自分のスマホを置いた。  自分のベッドじゃないくせに先に寝転んだリカちゃん。一人分空いた右側のスペースはきっと俺の場所なんだろう。  だろう…が、だ。やっぱりどう考えても可笑しい。  女同士ならともかく、男同士で同じベッドは変だろ。ましてや今日知り合った…わけじゃないけど、そんなモンな二人。  もう一度言う。どう考えても可笑しい。 「なんだよ。寒いんだから早く入れよ」 「……出てく気ねぇよな、その感じだと」 「お前このクソ寒い中出てけとか悪魔か」  悪魔はお前だ。なんで人のベッドでそんなに偉そうなんだ。  仕方ない。クソ悔しくてクソ腹立つけど仕方ない。 「んじゃ俺がソファで寝るからいい」  ガンガンにエアコン効かせときゃ多分大丈夫だろ。そう思って頭元のスマホに手を伸ばした時だった。  視界が反転した。目の前には真っ白な壁と真っ黒な男。 「は?!」  広がるのは見慣れた天井。 背中に触れるのは柔らかい感触。  リビングに向かうはずだった俺は、リカちゃんによってベッドの中に引きずり込まれていた。 「なっ、なんだよ?!」 「グダグダ煩ぇから実力行使」 「アホか! 離せ変態!」 「まだ何もしてねぇだろ」 「まだって何だよ!! する気かボケ!!!」 「本当に口悪いなお前。黙ってりゃ顔は良いのに」 「余計なお世話だ! 退けやコラッ!!」 「それとも何? もしかして期待してんの?」 「するか!!!」 「どうだかなぁ。だってお前………俺の顔好きだろ?」   …………絶句。 「あ、黙った。やっぱり当たってたか」  ニヤリと笑う目の前には性悪野郎。 「しゃあねぇな…んじゃ特別サービスしてやるよ」 ………ちゅ。  軽いリップ音を感じたのは、俺の、おでこ…? 「今日はここな」  嫌らしく、意地悪く笑ったリカちゃんを見て俺はズルズル流されてしまったことを猛烈に後悔した。 * 「……ぃ、起きろ。起きろってば」 「んん…あと、5分…」  なんだかあったかい。暖かくて、いい匂い…俺の使ってるシャンプーでも洗剤の匂いでも無くて…なんだろう。何かわからないけどすごく、落ち着く。 「別に五分でも十分でも寝てくれていいけどよ…トイレ行きたいから離してくんねぇ?」  離す? 離すって何を? あ、枕か…なんか今日の枕いつもと違って硬い。けど悪くない感触。 「あ、こらスリスリすんな。 ……ったく、寝起き最悪だなバカウサギ」  その言葉で俺は覚醒した。ガバッと起き上がる俺が見たもの。それは右手をダランと伸ばし、俺を見上げるリカちゃんの姿だ。 「え、な、なんで?!」 「なんでって…お前眠れるワケねぇとか言っときながら即寝したじゃねぇかよ。寝たと思ったら蹴るは殴るは寝相悪いし。寒いつって自分からすり寄って来た上、しかもちゃっかり腕枕させやがるし。あー、痛ぇ」 「う…嘘、だ!」 「俺が嘘言ってまで腕枕すると思う? しかも一晩中ずっと」  リカちゃんは痺れた右腕をプラプラ振って、顔を顰める。  いや、嘘だろ? でも…やけにスッキリした頭が物語ってるんだ。これは現実だと。  あんなに嫌だと言って、あんなに寝にくいと言ったくせに、どうやら俺は朝までスヤスヤと爆睡したらしい。  しかも最悪な事にリカちゃんの腕の中で。 「朝まで腕枕したのとか初めてだわ。お前、男のくせに柔らかいし、いい匂いさせんてんだもん。しかもアレな。寝顔ちょー可愛い」 「てっ……テメェ!」 「寝ながら寒いつって俺の肩に鼻擦り付けてさぁ…マジ子猫かと思った」    寝転んだまま俺を見上げて笑うリカちゃん。…………やべぇ。恥ずかしすぎて何も言えない。赤い顔を腕で隠す俺の頭を、起き上がったリカちゃんが撫でる。その手つきは子供をあやすように優しい。 「まだ八時かよ。腹減ったから何か作るか。ウサギ、朝は和か洋どっち派?」 「朝は食わない 」 「バカ。お前ただでさえ細ぇんだから食え。俺の気分が洋だから今日は洋風な」    自分で決めんなら聞くなよ。朝っぱらから俺様モード全開で寝室を出て行くリカちゃんを睨みつける。  そして十分後。飯が出来たと呼びに来たリカちゃんに付いてリビングへ向かった。 「…すげぇ」  テーブルに並べられたのはホットケーキの上にフルーツが乗ったヤツにサラダとコーンスープ。 女が好きそうなメニューだが、実のところ俺はめちゃくちゃ甘党だ。ビールのつまみはチョコに決めている。 「ほら座れよ」  顎で示された席には青ラインのマグカップに同デザインのスプーン、フォーク。向かいのリカちゃんの席は俺と色違いの黒。  …………新婚カップルか。  朝からクソ寒くなった俺は、リカちゃんが引くほどの勢いでコーンスープを平らげたのだった。

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