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第11話

   朝飯を食った後、片付けを終えたリカちゃんは自分の家に帰って行った。どうやらまだ引越しの荷解きが終わってないらしい。   昼飯はまた連絡するって言ってたけど、正直さっき食べた朝飯のボリュームがすご過ぎて入りそうにない。  する事も無いけど二度寝する気分にもならなかった俺は適当に着替えて家を出た。  目的もなくブラブラ歩いて、目にとまった本屋に入ってみる。雑誌を立ち読みしながら、そろそろ髪染めるかなーなんて考えていた時だった。  ポケットに突っ込んでいたスマホが震える。 『獅子原 理佳 : どこ?』  どこって何だ、どこって。  なんとなく素直に返すのも癪で『家』と返す。すると即レスで『今お前ん家にいるけど。次嘘ついたらお仕置き』と返ってきた。  出た、お仕置き。コイツどんだけお仕置きって言葉好きなんだよ。それをリカちゃんが言うと変態くさいし、その上似合ってるから嫌だ。  けれどアイツに誤魔化しや嘘は通用しないのを知ってる俺は今度は素直に『本屋』と白状した。また何か返って来るかと思いきや、次は電話がかかってきた。 『本屋って駅前の?』 「そう」 『そっち行くから店の中で待ってろ』 「いや、無理」 『無理が無理。いなかったら夜覚えてろよ』  言うだけ言ってリカちゃんはブチッと電話を切る。  夜覚えてろって…マジ気持ち悪い。そのセリフに引いてるのに、何されるかが恐ろしくておとなしく従う俺も俺だ。  数十分して現れたリカちゃんは今朝とは違いキチンと服を着て髪もセットしている……のだが。  濃いグレーのロングコートに髪は後ろで緩く結んで、少し太めの黒縁メガネ。クソおしゃれな格好はやたらと目立つ。  そもそも背が高めで顔だっていいんだから、そんな小洒落た格好なんてしてくんじゃねぇよ。たかが本屋だぞ。なんで恰好付けて来るのか意味わかんねぇ。  それと一緒に歩かなきゃなんねぇ俺の気持ちを考えろ。 「あ、ウサギいた」  しかもウサギとか呼ぶから余計見られてんだよ。爽やかに手なんか振って来んな。お前今すっげぇ見られてんだからな。  そのお前に声かけられた俺も見られてんだからな!  言葉に出せない分、俺は隣まで歩いて来たリカちゃんを睨みつけた。それに気付いたリカちゃんが首を傾げる。   「なに睨んでんだよ。腹減りすぎてイライラしてんのか?」 「違ぇわ。てめぇが目立つからだろ」 「は?目立ちまくってるお前にだけは言われたくねぇんだけど」  お前と違ってカーキのモッズコートに黒のパンツという無難な格好をしてきた俺のどこが目立つってんだ。余計睨みを利かせても、リカちゃんは平然そうに笑うだけだ。 「あぁ、無自覚で有名だったなお前」 「あ?何ワケわかんねぇ事言ってんだよ?」 「別に。それより買いたい本あるからついて来て。あ、これ買う?」 「買わねぇ…けど、それよりなんで俺がお前に付き合わなきゃダメなんだよ」  俺の手から雑誌を抜き去ったリカちゃんは何も答えず俺の腕を掴んだまま歩き出す。本ぐらい一人で買いに行けばいいのに、なぜ俺も連れて行こうとするんだろう。   強い力でひきずられるように歩き、辿り着いたのは参考書のコーナーだった。 「このシリーズわかりやすいんだよなぁ…」   そう言って何冊かを手に取るリカちゃんに、そういやコイツこれでも教師だったな…と今さら思った。リカちゃんほど教師らしくない教師は、そうそういないだろう。  現役だけあって参考書に詳しいのか、迷うことなく選んでいくリカちゃん。でも、その手に取るのは担当の英語だけじゃなく数学に化学、古典や日本史と様々だ。  もしかして他の担当教師にパシられてんのか? え、この俺様野郎が?ウケる。 「とりあえずこれぐらいでいいや。買ってくるからここで待ってろ」   俺はレジで会計をするリカちゃんの背中をニヤニヤしながら見た。弱みを握ってやったかもしれない!これで俺の快適な一人の時間が戻ってくる!もう小言を言われることもなければ好きな時に好きな物を食べて、好きな時間に眠れるパラダイスな生活が帰ってくる!  そんな俺のささやかな望みは次の瞬間に吹き飛んだ。期待して数分で現実はそんなに甘くないと思い知る。 「おし。これで参考書も揃ったし、さっさと帰るぞ」  そう言ってリカちゃんは俺に買ったばかりの袋を差し出す。 「…なんでテメェの荷物を俺が持つんだよ」 「コレ全部お前の参考書だけど。何で俺が参考書いると思うんだよ」 「はぁ?!」 「あのなぁ…お前の成績なんて全部知ってるっつーの。俺が隣に住んでて赤点取らせると思うか?」  つまりは、だ。コイツは俺に勉強を教えるつもりなのか?  自慢じゃないが俺はバカだ。授業はサボりまくりだし、気まぐれで出ても寝てるかゲームしてるかでマトモに話を聞いてはいない。同じように歩も拓海もバカだから気になんねぇし、そもそも気にするような性格でもない。 「勉強なんかするかよ、バーカ」  俺はリカちゃんの手を払いのけ参考書の入った袋を受け取らなかった。 「バカはお前だ。このままじゃ二年には上がれても三年はなれねぇぞ。ウチの学校はそんな甘かねぇんだよ」  俺が通う雀々丘高校は、頭が悪かろうが遅刻が多かろうが一年から二年には進級できる。しかし、それでも改善がみられない場合、三年にはなれない。  今までの自分を改めるか辞めるか……そのどちらか一方を強制的に選ばされるのだ。 「このご時世、最低でも高校は出といた方がいい。 この俺が特別に家庭教師してやんだから有難く思え」 「思うか!」 「あ、勉強教えてる時は先生って呼んでもいいからな?その方が色々と燃えんだろ?」 ニヤリと笑った顔を見て、俺は本当にとんでもない状況にどっぷり浸かり込んだことを改めて認識した。

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