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第15話

「俺さっき着替えてグラウンドって言わなかったっけ? ここがお前のグラウンドなの?」  ニヤッて嫌な笑い方。この笑い方の意味を俺は知っている…。  これは、リカちゃんの意地悪スイッチがオンになってるってことだ。 「悪いウサギさんには……お仕置きって言ったよなぁ?」  一歩ずつ近づいて来るリカちゃん。その妖艶とも言える笑みに俺は後ずさり…したいが、いかんせん後ろは階段だ。後ずさりで階段を降りれるほど俺は器用ではない。 「リ、リカちゃん…落ち着けって」 「落ち着いてるけど?あぁ。そういや学校では先生付けろとも言ったよな。悪い子でおバカなウサギさん?」  リカちゃんがペロリと舌なめずりをする。赤い、赤い舌先が覗く。  ゴクッと俺の喉が鳴ったのを合図に、気づけば俺はその長い腕に絡みとられていた。  ちょっと人より口が悪い自覚はある。けれど俺は勉強が苦手でサボり癖があるだけの普通の高校生だ。家庭環境は少し複雑だが生い立ちだって普通だし、このまま普通に高校生活を送って普通に卒業して、普通に進学か就職して……って思ってた。  『普通』の生活を続けていくはずだったのに……それなのに、なぜこうなった? 「ン、ぅーっ!!!」  腰を強く抱かれたまま、壁に押さえつけられて身動きが取れない。それをいい事にリカちゃんは更に唇を強く推し当てる。角度を変えてまた重ね、今度は下唇を食むように吸い付く。 チュッと唇と唇が離れる音がしたのも一瞬、また一層強く吸い付いた。 「ゃ、やめ…ッんんっ!!」  抗議の声を上げた瞬間を見逃さず、スルリと口内に滑り込んできたもの。それはさっき自身の唇を舐め上げた赤い舌。  微かに広がる嗅ぎ慣れたタバコの香り。俺を待ってる間に軽く一服でもしたのだろうか、ダイレクトに感じるその匂いとリカちゃんの熱い体温に身体の芯からゾクゾクした。  大人のキス。奥の奥の…さらに奥を見透かすようなキスに何かが疼き出す気配がする。  俺の中の何かが。 「んぁ…り、もっ…ゃめ、」 「ほら、ちゃんと絡ませろよ」 「やぁッ…んんッ……!」  こんなキス知らない。自分の全てを奪い取っていくようなキス。  俺は縋り付くようにリカちゃんのスーツを摑んだ。するとリカちゃんは腰を抱く手とは反対の手を俺の後頭部に回す。既にキャパオーバーの俺を更に攻め立てる。  リカちゃんは……とてつもなくキスが上手い。ただただ与えられる快感に酔いしれて全身をリカちゃんに任せた。数分が永遠に感じる程に濃く甘く、どちらのかわからない唾液さえ媚薬のように狂おしい。  軽く舌先を噛んだ後、名残惜しく離れていくリカちゃんの唇が濡れていた。  見上げた俺の目に映ったのは大人の…男の顔をした俺の知らないリカちゃんだった。  ハァハァと肩で息をする俺を見下ろすその目は濡れたように色気を纏う。俺がこんなにフラフラになってんのに、リカちゃんは息一つ乱さず余裕綽々に笑った。 「お前こういう時は可愛いのな」 「バ、カ…言うな…!」 「…はっ。んな真っ赤な顔して睨むなよ。もしかして煽ってんの?」  可愛くなんてない。それなのにリカちゃんはその体勢のまま俺の髪を掴み上げる。細めた目の奥に俺の顔が映る。 「学校で盛ってんなよエロウサギ」  最後にチュッと髪にまでキスを落としたリカちゃんは何事も無かったかのように去って行く。その背中から目が離せなかった。  まだまだ俺の知らないリカちゃんがいる。 「獅子原…理佳」  呟いた俺の小さな声は、静寂に紛れ零れ落ちた。

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