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第16話

「何、お前サボるんじゃねぇの?」  あのまま屋上に行く気にもなれず、かと言って他に行く宛てなど無い俺はすごすごと教室に戻った。だがしかし、決してサボってリカちゃんにお仕置きされんのをビビってるわけじゃねぇ。 「まぁ…なんとなく」 「なんとなくでマラソン走るとか変わってんな」 「ほっとけ。っつーか拓海は?」  もうみんな着替え終わったのか教室には歩しかいない。しかもまだ制服なあたり、コイツは確実サボるつもりだろう。 「もう行った。お前も行くなら急がないと遅刻すんぞ」 「歩は?サボんの?」  サボったらリカちゃんに……って、歩もあのヤラシイお仕置きされるんだろうか?  歩とリカちゃんがさっきみたいなキスをする…そう考えると何かモヤッとしてしまう。 「こんな寒い時にマラソンとかありえねぇ」 「それはそうだけど…けどサボったら煩いだろうし…」 「は?誰が?」 「誰がってリカちゃ…、」  名前を言いかけてやめる。リカちゃんなんて言ったら「なんでそんな呼び方してんの?」って聞かれるのがオチだ。 「あぁ獅子原?っつーかお前までその呼び方してんだ?」 「別に…」  歩は少し不思議そうに俺を見た後、ふぅん。と呟き、自分のロッカーに向かう。戻ってきたその手にはジャージが鷲掴みされていた。 「行くなら早く行こうぜ。せっかく出てやんだから遅刻してグチグチ言われんのアホくせぇ」  そう言って、そそくさと着替え出す歩に、俺は内心ホッとした。それと同時に先ほどのモヤモヤの事など綺麗さっぱり忘れ去っていた。 * 「おー……兎丸と牛島まで来た」  グラウンドには既にみんな集まっていて、その中にリカちゃんの姿を見つける。黒い上下のジャージ。スーツや部屋着とはまた違った印象だった。  俺が来ないと思ってたのか、他の生徒が驚いたようにこちらを見る。出席しようがサボろうが俺の勝手じゃねぇかよ……マジでイライラする。 「慧ー!」  もうすでに出席順に並んでいるらしく、拓海が俺を呼んだ。歩は黙って前半組に向かって行ったから俺も拓海の隣へ座る。  あかさ行の前半組。たなは行の中盤組。残りの後半組。前半組の前には1組の担任が立ち、後半組の前には3組の担任が立っている。  って事は…………。 「お前らは俺が見るからよろしく」  俺らの前には2組担任のリカちゃん。さっきまでキスしてたなんて感じさせずに、淡々と説明するリカちゃんを睨む。すると目が合ってしまった。 「兎丸、何か言いたい事あんの?」 「…別に」  マジで性格悪すぎるだろコイツ…。俺が困るのわかってて、わざと話しかけてくるとか性悪すぎると思う。 「んじゃ念のためコースの説明するから……おい鷹野、これ配って」 「ハイ」  リカちゃんに呼ばれた生徒がスッと前に出る。プリントを渡すリカちゃんと受け取るソイツの姿がやけに似合っていて…またモヤモヤが戻ってきた。  誰だよその優等生みたいな爽やか君。  っつーかプリント渡すだけなのに近すぎだろ。  リカちゃんとソイツを見て得体の知れない感情に自然と舌打ちが出た。それに気づいた拓海が俺を覗き込む。 「あれ誰」 「あれって……鷹野?うちの学級委員長じゃん」  まさか同じクラスとは。全然知らなかったソイツは、にこやかに笑いながらプリントを配っていく。 「はい、兎丸君と鳥飼も」 「サンキュー!」 「………………ども」  チラッと俺を見た鷹野と目が合う。すると鷹野はクスクスと笑い出した。 「なんだよ」 「いや?兎丸君がいるの不思議で。まさか出るとは思って無かったんだけど、なんか弱みでも握られてる?」 「は?」 「さっきから獅子原先生のこと見つめてるから。サボったらお仕置きでもされるのかなぁって」  鷹野の言葉にヒヤッとした何かが落ちてくる。まさか……さっきのアレ見られてた?   ヤバい。何か言い返さないと……!とは思っても、普段から拓海や歩以外と話すことがない俺は何を言ったらいいのかわからない。 「別にテメェに関係ねぇだろ」 「そうなんだけど……あんまり獅子原先生に迷惑かけないでほしいなと思って」 「お前さっきから何言ってんの?」  ワケわかんねぇ事をベラベラ喋る鷹野に問いかける。すると鷹野はニッコリと笑った。  人好かれする、満面の笑みで。 「兎丸君、可愛いから牽制しとこうと思って。俺の先生とらないでね?」  呆気にとられる俺を残し鷹野はリカちゃんの元へ戻って行った。残ったプリントを返しに行くだけだってわかってるのに、どうしてだか引き止めたくなる。  リカちゃんの横に立つ鷹野に…………俺は嫉妬したんだ。 「慧?慧ってば、そろそろスタート地点いかなきゃ怒られるぞ」  俺の腕を引く拓海に呼ばれてハッとした。まさかこの俺が、まさか鷹野に嫉妬するなんて…ありえない。ありえないのにイライラして腹が立って、でもって悔しい。 「あ、リカちゃん先生も走るんだなー。先生って早いのかな?」 「ああ」 「その返事は絶対に聞いてないだろ?俺もう先に行くからな!」  なんで拓海はこんなにも元気なんだろう。1時間目から大嫌いなマラソンなんてやらされて、俺はものすごく不機嫌だ。っつーかマラソンだけが原因じゃない事はわかってる。  鷹野の俺を見る目が気分悪い。  こっちを見ながらわざとらしくリカちゃんに話しかける姿にイライラする。それにリカちゃんが答えるのもマジで嫌。 「今すぐサボりたい……」  とはいえ走り出してしまったらもうゴールするしかない。河川敷の一本道をひたすら走るのだから脇道も寄り道も出来やしない。 「………何?」  通り過ぎてくヤツと目が合って、やたら見てきやがるから声をかければ驚いたように去って行く。マジでなんだよ。俺が何したって言うんだ…。  アレか?俺が不良とか言われてるからか?これが鷹野なら…と考えて、自分の情けなさに嫌気がさす。別に俺はアイツなんかになりたくないし、アイツがリカちゃんを好き…だったとしても関係ない。  俺とリカちゃんは隣人で少しの間一緒に飯食って寝てるだけで……俺はリカちゃんを好き、なんかじゃない。  絶対に絶対に好きなんかじゃない。

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