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第24話
「…うす」
門をくぐったところで後ろから歩がやって来た。
まだ寝ぼけているのかボケっとしてる。ただそれだけなのに、周りからみたらガン付けてるように見えるんだろう。歩の周り1メートルには人が近づかない。
「お前やべぇ顔してんぞ」
俺がそう指摘すれば、歩は思い切り睨みつけてくる。
「……誰のせいだと思ってんだよ」
「え、なに?」
元から低い声が、さらに低くて聞き取れない。
何度も欠伸をかみ殺す様子からかなり眠たいらしいのに、なんでわざわざ来たんだろうか不思議だった。
なぜなら、コイツが寝坊で遅刻するなんてしょっちゅうだからだ。
「バイト忙しいのか?」
「まぁな。それなのに朝から叩き起こされてマジ迷惑してんだよ」
「……誰に?」
歩のとこはシングルマザーで、母親は看護師だ。割がいいからとほとんど夜勤だって聞いたことがある。だから朝は家にいないか、いたとしても昼過ぎまで眠っているらしい。
誰にか問いかけた俺に、歩はチラッと視線を向けるだけで答えはくれない。
「まぁ、ちょっとな」
「もしかして彼女できた?」
歩の浮ついた話ってあんまり聞かない。寡黙で無愛想だからモテるのかモテないのかいまいちわからないけれど、女の子から声をかけられる事を何度か見たことがある。
「違ぇけど……まぁ元気になったんなら良かったんじゃねぇの」
歩に軽く頭を叩かれる。何も気にしてないと思っていたのに、実は見ていてくれて励ましてくれるのが不器用な歩らしいなと思った。
「……サンキュ」
礼を言えば歩は目を細めて軽く笑う。なんだか、その表情はどこかで見たことあるような気がする。
つっても中学から一緒だから何度も見たことあるんだけど、なにかが違う。
小さな違和感を抱きつつ、俺たちは教室へ急いだ。
*
教卓の前にリカちゃんが立った。家ではウサギと呼ぶのに学校では兎丸と呼んで、脅されて一緒に寝て、お仕置きだとキスされて……飯を一緒に食って………一つ一つを考えてみると俺たちの関係ってなんだろう。
教師と生徒と言うには近く、けれど恋人ってわけじゃない。
出てきた恋人のフレーズに俺は頭を振った。
「恋人って…マジか俺」
「ん?慧なんか言ったー?」
後ろの席から拓海が声をかけてくるが、俺は振り返らず適当に答える。
「何もねぇよ。なぁ、教師と生徒が付き合うってどう思う?」
「教師と生徒ぉ?なにそれAVの設定?慧がAVとか意外すぎんだけど。見たいなら教師モン貸そうか?」
「…………絶対にいらない」
拓海に聞いた俺がバカだった。でもってAVとか言われてちょっとヘコむ。
やっぱり教師との恋愛なんてアブノーマルなんだと実感した。言い換えるなら不毛の恋ってやつ?それなら、どうしてリカちゃんは俺にキスしたんだろう。
俺たちは恋人じゃない。でも教師と生徒はキスなんてしない。
じゃあ俺たちって何になるんだろう。
「あ、でもさー。なんかリカちゃん先生と慧ならアリかもな!」
拓海の何気ない一言に俺はバッと振り向いてしまった。すると、驚いた拓海と目が合う。
大きな拓海の目が一層大きく見開いた。
「え、な…何?俺そんな変なこと言った?」
「変っつーか…なんで俺とアイツならアリなんだよ」
少しキツめに問いただした俺に、拓海が首を傾げる。
「だってリカちゃん先生、慧のことお気に入りじゃん」
「お気に、入り…なのか?」
「そうじゃねぇの?慧には優しい気がすんだけど」
どこがだよ。寧ろ、リカちゃんは俺には特別意地悪だ。
そう言うと拓海は「わかってないなぁ」と偉そうに言って指を振る。
「ほら。リカちゃん先生って好きな子は苛めそうなタイプじゃね?」
「……確かに」
こんな噂されてるなんて知らないリカちゃんは、涼しい顔で連絡事項を話しているが俺は知っている。
アイツの今日の靴下はヒヨコ柄だ。あんなスカした顔してるくせに、その足元には真っ黄色の可愛いヒヨコさんがいる。
「バレたら恥ずかしくないのか?」と今朝聞いたら「逆にギャップ萌えでモテる」と答えやがったのは記憶に新しい。
黙ってリカちゃんを見ていると、後ろから拓海の独り言が聞こえた。
「俺、リカちゃん先生になら苛められてもいいかなー…」
「マジで?アイツ容赦無いけど」
「なんで慧がそんなん知ってんの?」
しまった。つい口が滑ってしまって俺は内心で焦る。
何も知らない拓海に何て言い訳しようか…うーん…。
……そうだ!と、思いついた喜びで思ったより大きな声が出てしまったことに俺は気づかない。
「顔も声もエロいから」
「誰のだよ」
返ってきた声は拓海にしては低く、そして甘ったるい。
「人の話無視して楽しそうな話してるとこ悪いけど…お前ら今HRの真っ只中ってわかってる?」
そう聞いてくるリカちゃんは、作った余所行きの笑顔を浮かべていて、俺と拓海を交互に見て頷く。
……今夜もお仕置き確定に違いない。俺はそう確信した。
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