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第26話

「ちゃんと隠れてたんだ? 偉いな」 リカちゃんがトランクに腕をついて俺を覗き込む。その黒い瞳が細まって、楽しそうに煌めいた。 「はっ、お前めっちゃ顔赤いんだけど。盗み聞きは良くねぇなぁ……」 聞かせるように言ったくせに……やっぱりリカちゃんは意地悪だ。 あれは本心? それとも鷹野を黙らせるための嘘?  知りたい……けど、聞くのは怖い。まだ答えが欲しくないって思う自分がいた。 「こんなとこで話してる方が悪いだろ」 「確かに。で、いつまでそうしてんの?」 ほれ、と伸ばされたリカちゃんの手を取ると、外にいた俺よりも冷たかった。 強く引かれる力に身を任せれば自然とその胸の中に飛び込むように抱きしめられる。 リカちゃんの胸の中は、手とは違って暖かい。 「身体冷えてる。待たせて悪かったな」 ここが学校の敷地だとか、もしかしたら鷹野がまだいるかも……とか色々あるのに。 それなのに、その背に手を回してしまう。 ゆっくりと上げた視線の先にあるリカちゃんの唇から目が離せない。 リカちゃんが巻いてたマフラーを外し、俺にそっと巻いてくれと、ふんわりと香水とタバコの匂いがした。 それにすら胸がキュンとして、身体が熱くなってしまう。 「すぐ着くけど一応巻いておけよ」 クルクルと巻き終え、形を整えてくれたリカちゃんが身を屈める。 「学校出るまでは顔見えないようにしといて」 言われた通りマフラーに顔を埋める。隠れてクンクンと匂いを嗅いでいると、気付いたリカちゃんが耳元で笑った。 「変態。そんなに俺の匂い好き?」 言い当てられてドキッとしたけれど、 「……別に」 素直に言えない俺は弱虫だ。 「そんな赤い顔して説得力ねぇけどな」 「うっせぇバーカ」 「目は口ほどにものを言う…まさしくソレだな」 ふふっと笑ってリカちゃんが俺の頬を撫でる。やっぱり、リカちゃんには全部お見通しだ。 マフラーに隠れてしたキスは一瞬だったけれど、すごく優しくて温かかった。 * マンションに帰ってきて、車を駐車場に入れる。 初めて来た駐車場は薄暗くて静かで少し怖い。 「どう?」 「どうって……子供か」 一発で車を停めたリカちゃんがドヤ顔で見てくるのが可笑しくて、思わず笑ってしまうと軽く睨まれた。 「可愛くねぇの。そんなヤツにはこうだ」   落とされたのは、ちゅ、と軽く触れるだけのキス。 「あ、赤くなった。かーわいい」 「なんか……今日のリカちゃん変だ」 「そうか?いい事あったからかもな」 不意打ちのキスは卑怯だ。 やけに機嫌のいいリカちゃんが、クスクス笑いながら俺の前髪を弄って遊ぶ。 運転席と助手席の間にある肘置きに片肘をつき、頬杖しながら俺を見上げてきたから、それに聞いてみる。 「いい事って何?」 「そ。俺、顔と声がエロいんだって」 それは……まさか、朝の…………。 「エロいのは顔と声だけ?」 身を乗り出して耳元に口を寄せた隣の男が囁く。 「なぁ…………俺の顔と声、好きなんだろ?素直に欲しいって言えよ」 答えようとしたのに何も言えなくなる。 口を開いた直後に俺の声は喉の奥に消えた。正確には、リカちゃんによって消された…が正しい。 「つっ、んんぁっ…リカ、ちゃ…」 荒々しく動くリカちゃんの舌を追おうとするけれど、逃げ回って捉えることはできない。 リカちゃんとするキスは、いつも違って、けれどいつも俺を責めるように激しい。 それなのに労わるように優しい。 ズッと舌を吸われれば、そこを中心に痺れが広がっていく。 「ふっ…リカひゃっ、ンンッ!!」 「もっとシてほしいって顔。そんなに俺とのキス好き?」 リカちゃんの舌責めについていくのに必死で何も答えられない。 今なら素直になれそうなのに…恨めしくて目を開ければ数センチの距離にある黒い瞳が俺を見つめていた。 長い睫毛が邪魔をしていてもわかる、優しい視線。 ゆっくりと、でも確かにその瞳は微笑む。 「んあっ」 最後にペロリと俺の唇を舐めたリカちゃんは、何を思ったのか俺の鼻を噛んだ。 「い…いひゃい…何すんだよ!!」 「これ、似合ってるからやるよ」 俺に巻いてくれたマフラーを撫で、その手はそのまま俺の頬へと移動する。 さっきのキスで火照った頬にリカちゃんの冷たい手が気持ちいい。 「お礼は?」 「……ありがとう、ございます」 「よく出来ました」 満足そうに笑ったリカちゃんが俺から離れると、少し寒くてマフラーを顔まで持ち上げた。 巻き直したマフラーに移ったリカちゃんの匂いが、さっきよりも強くなった気がした。

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