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第27話

   リカちゃんが朝から仕込んでたらしい料理を温めてくれて一緒に食べる。それは、昨日食べたファミレスの料理よりも断然美味くて箸が進んだ。  全て食べ終えてソファで寛いでいると、洗い物を終えたリカちゃんがマグカップを手にやって来た。右手に青、左手に黒のそれ。初めて一緒に出掛けた時に買ったお揃いのマグカップだ。  青い方を俺の前に置いたリカちゃんが当たり前のように隣に座る。 「昨日来た変なの覚えてるか?」 「変なのって桃ちゃん?」  リカちゃんが言う変なの、とは残念なイケメンであるおネェの桃ちゃんのことだ。インパクトが強すぎて忘れられるはずない。 「桃と俺と星一、あともう1人豊ってのがいる。俺たちは高校の同級生だった」 「うん」  それは桃ちゃんに聞いて知っているから頷く。俺を見たリカちゃんは自分のコーヒーをすすり、そのあとタバコに火を点けた。  チンッという高い金属音…ジッポを閉じた音が静かな部屋に響く。  歩が前に高いオイルライターなら、いい音がするって言ってた。確か素材がなんとか…って。リカちゃんが使っているそれからは明らかに高そうな音がした。  ふぅっと一息吐いたリカちゃんが続ける。 「星一からお前の話はよく聞いてたよ。あいつ本当に弟バカだったから」 「俺も星兄ちゃんが大好きだった」  母さんが出て行き、父さんは仕事で滅多に帰ってこない。俺の面倒を見てくれるのは星兄ちゃんだけで、いつもどんな時も星兄ちゃんが一緒にいてくれた。  俺にとっては兄ちゃんだけが家族だった。  今はもういない。  大好きな星兄ちゃんのことを思い出すと悲しくなってしまい、俺は顔を伏せる。隣に座っているリカちゃんがポン、と俺の背中を叩いた。  顔を上げると少しだけ心配したような目が俺を見ていた。 「星一はお前以外の家族のことは殆ど話さなかった。俺たちに気を使わせたくなかったんだろうけど……そういうところが、あいつらしいよな」  そう言ったリカちゃんがまたタバコを吸い、煙を吐き出す。その紫煙は、さっきよりも深く、長く続いた。  昔の事を思い出すかのように閉じられた瞼が微かに震える。 「お前は星一の事故の事は知ってるんだよな?」 「よそ見運転の車に轢かれたって聞いた」 「それだけ?」  探るようなリカちゃんの視線が向けられる。 「それだけって…他にも何かあんの?」 「いや………例えば轢いたやつの話とか、どこで事故が起きたとか」 「知らない。聞きたくもない」  俺の大切な人を殺したヤツの事なんか知りたくもない。だって、知っても許せないからだ。  首を振って否定した俺にリカちゃんは何も言わなくなってしまう。  2人の間に沈黙が流れ、気まずくなった俺は目の前のマグカップに手を伸ばす。すっかり冷めてしまったココアを身体へ流し込み、リカちゃんに向かい合った。 「なぁ、なんで星兄ちゃんと友達だったって黙ってたんだよ」  それが1番の疑問だった。  なんでリカちゃんが隠してたのか。隠さないとダメな理由って何だったのか。  問いかけた俺に、リカちゃんは躊躇わずに答える。 「言ったらお前があの事故のことを思い出して辛くなると思ったから。たとえ俺とあいつが友達だったとしてもお前にはどうでもいい話だろ」 「どうでもよくなんかっ……‼」  どうでもよくなんか、ない! そう言おうとした口が閉ざされる。  唇に押し当てられた長い指が、その柔らかさを確かめるように小刻みに動いた。  少しだけあった隙間から指先が中へと入ろうとする。 「お前が知りたいのは星一の友達としてじゃなくて、1人の男としての俺だろ?」 「……っ、別に俺はお前なんか」 「先生じゃない俺を知りたいと思ってるくせに」  歯列を爪で叩き、「開けろ」と促す。 「知りたいなら強請ってみろよ。何が欲しい?」  リカちゃんが指に力を込めると、すんなりとそれは奥まできた。その瞳と声に魅入られて口が勝手に動いてしまう。  ダメだって気持ちよりも知りたいと思う欲求が止まらない。  知りたい。  俺はリカちゃんを知りたい。先生としてのリカちゃんも含めて、その全てを知りたい。  目の前で妖しく笑うコイツが欲しい。 「リカちゃんが……欲しい」  そう答えたのが先か。それとも 「あッ…………!」  噛みつかれたのが先か。  それは誰にもわからない。

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