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第19話

「慧!!道の途中で倒れたって聞いたんだけど大丈夫なのか?!」 「あ、うん…まぁ…」  バタバタと走り寄ってくる拓海の顔がまともに見れない。さりげなく首元に手をやってしまう。鋭い歩には簡単にバレてしまいそうで咄嗟に顔をそらした。 「なんか…顔赤くねぇ?」 「や!頑張って走ったら暑くて…っ!」 「その割には遅いけどな。獅子原と帰ってきたのか?」 「お、おう」  すでにリカちゃんは教師陣の中に戻ったらしく、視界の端に小さく見えるだけ。若い教師は他にも何人かいるのに、リカちゃんだけがやたらキラキラして見える…って俺マジどうしたんだろ。  こんな風に思うのは初めてで、もうどうしたらいいかわからない。今夜も一緒に飯食うんだし同じベッドだし…俺、大丈夫だろうか。 「慧マジで熱でもあんじゃね?保健室行けば?」 「いや、これ終わったら日直の仕事もあるし…」 「はぁ?!お前が真面目に日直とかマジ変だって!!」 「獅子原のとこなら俺が代わりに行ってやるよ」  いつもは一緒になって…というより率先してサボる歩が何故か代わりにと言い出す。もしかして…歩もリカちゃんが好きなのか? 「いや!俺が行くから!!大丈夫だから、な?!」  不思議そうに首を傾げる拓海と何か言いたげな歩。これ以上喋るとボロが出そうで、俺は必死に違う話をした。  ごまかされてくれた拓海の隣で、歩が鋭い目でリカちゃんを睨んでいた。  細心の注意を払って素早く着替えを済ます。いつもは開けてる第二ボタンは今はしっかり留めてある。 「……ちょっと息苦しい」  それでも歯型とキスマークを堂々と見せびらかすような脳内花畑は生憎だが持ち合わせていない。 むしろ付けるならもう少し見えない所にしろよ……と思いつつ、相手はあの俺様教師だから何を言っても無駄な気がした。 初めて叩く英語科の準備室のドア。よもや俺がこんな風に教師の元を訪れる日が来るなんて…俺ですら思わなかった。 「どうぞ」  シーンと静まり返った部屋から聞こえてくる声。聞き違えるわけのないリカちゃんの声だ。  ガラリと開けた扉をくぐる。部屋に広がるタバコの香りに、俺は居心地の良さを既に感じていた。 「お、マジで来たのか」 「お前が来いつったんだろ」   来ることなんてわかってたって顔をして、そんな事を言うリカちゃんはズルい。 「あと10分あるんだから座れば?」  2時間目が終わった後の休み時間は少し余裕がある。それを狙っての呼び出しだとしたら……と、かすかに期待してしまう。 「用が無いのに呼び出すなよ」 「可愛くねぇな。さっきと同一人物とは思えない」  やれやれ、と首を振ったリカちゃんが俺にパックのジュースを手渡した。 「ほら。ちょっとでも走ったんだから水分補給しとけ」  リカちゃんは本当にズルい。偉そうで、意地悪なのに優しい。 「どーも」 「どういたしまして」  ジュースを受け取るときに少しだけ指と指が触れ、そこから熱が体中に広がっていく。 「なんか顔赤いけど大丈夫か?」 「……別に」 「辛くなったら言えよ」  冷たい手が俺の頭を撫でる。何気ない仕草、表情にさえ胸がドキドキする。  体調なんて悪くない。俺はアンタを見るだけで顔が赤くなっちまうだけだ。 「それ美味しい?」 「え?あ、うん。ちょっと酸っぱいけど美味い」  伸びてきた手が俺が俺の指に触れる。屈むようにして覗き込んできたリカちゃんが、さっきまで俺が咥えていたストローに口を付けた。 「……ウサギさんの嘘つき。すっげぇ甘い」 「なっ、な…」 「間接キスぐらいで照れんなよ。なんならもう1回シてやろうか?」 リップ音を立ててストローを離したリカちゃんは流し目で俺を見た。ニヤリと笑えば左目尻にある泣きボクロが目立つ。 「嘘だよバカ。誰が生徒に盛るか」 「…っこの最低教師!」 「黙れエロウサギ」  ポケットから取り出したタバコにリカちゃんが火を点ける。やっぱりリカちゃんにはストローなんかよりもタバコの方が似合う。  

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