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第31話

     違和感を感じつつも、なんとか学校へとやって来た。教室にはリカちゃんの流暢な声が聞こえている。  誰だか知らないが偉い人の名言を英語で話そう的な授業の真っ最中だ。けれど、まずその偉いやつも、そいつが言った名言も知らない俺がついていけるわけなどない。  そんな話よりも気になって仕方ないのは、甘さの混じる落ち着いた声とそれを紡ぐ唇だった。  スラスラと言葉を紡ぐ、あの薄い唇に俺イかされた記憶が蘇り、場違いな気持ちに視線は嫌でもそこに釘付けになる。ダメだと思いつつも俺は授業時間の大半をリカちゃんを見つめることに費やし、気づけば終了のチャイムが鳴ってハッとした。  恥ずかしすぎて誰にもバレてないか確認するために回りを見る。誰とも目が合わなかったことに安心して前に向き直った。  真ん前に1番の悪魔がいることを、俺はすっかり忘れていた。 「さてと。今日の授業はここまでなんだけど……兎丸」 「え、なに?」  急に呼ばれた俺は驚いて声を上げる。視線を向けた先には学校で1番人気の先生が笑っている。 「ずっと惚けてたけどちゃんと俺の話聞いてた?」  見た目も声も先生モードのくせに笑顔の裏に隠されているのはドSの俺様リカ様だ。  みんなの前で俺を名指ししたリカちゃんが綺麗に笑った……でも、俺にはその笑顔の本当の意味がわかってしまっている。 「ほら兎丸、先生に返事は?」 「聞いて……ね、ない…です」 「……へぇ。ちょっと…顔貸してもらおうか」  キスしようがセックスしようがやっぱりリカちゃんは…リカちゃんだった。 「お前ねぇ…」  呆れたように俺を見たリカちゃんは仰け反って椅子に座る。他にも英語の先生はいるのに、職員室から遠いこの部屋を使っているのはリカちゃんだけらしい。  タバコを取り出すべく、ポケットに手を入れて数秒後チッと舌打ちした。 「はぁ。オイル家に忘れてたんだった。あー…喫煙所まで行くのダルい」 「ん。使えよ」 「サンキュ…って何でライターなんか持ってんだよ」  俺が渡したライターを受け取りながらもジッとこちらを見る。 「それ歩のやつ」  って、答えた後に気づいたけどこれもマズい。  歩だって俺と同じ高校生なんだから先生であるリカちゃんからしたら絶対にダメな話。それなのにリカちゃんは興味ないように「あぁ」と納得した。  それがかなり気に食わない。 「俺のビールはダメで歩のタバコはいいのかよ」 「別に。アイツが喫煙者でも嫌煙者でもどっちでもいいし。っつーかあんだけタバコの匂いさせてたら誰でも気づくだろ」  確かに歩はヘビースモーカーだ。多分リカちゃん以上に吸ってるとは思うし、鋭いリカちゃんならバレていても変じゃない……けれど、やっぱりモヤモヤする。 「理不尽だ」  睨んだ俺に、目の前のそいつは怯むでもなく眉を上げて笑った。 「ウサギのくせに難しい言葉知ってるじゃん」 「てめぇ…バカにすんじゃねぇ」 「バカにしてんじゃなくて可愛がってやってんだけど?」  タバコを指に挟んだままのリカちゃんが、ゆっくり近づいてくる。そして、あいている左手で俺の腰を素早く引き寄せた。 「昨日も優しーく何度も可愛がってやっただろ?」 「……ッ!」 「今朝、着替える時に見えたんだけど…俺の肩すげぇ引っ掻き傷ついてんの。そんなに気持ち良かったんだ?」  からかい混じりのセリフで思い出すのは昨夜の熱い情事。  何度も奥を突かれ、何度もやめてって頼んだのに許してもらえなかったことと、名前を呼ぶリカちゃんの掠れた声と肌を這う熱い舌の感触。  その全てが鮮明に舞い戻ってくる。  赤く火照った俺の顔を覗きこんだリカちゃんの顔が嫌味に歪んだ。 「学校でまで欲情してんじゃねぇよ」 「ッ、誰の、せいだと…!!」 「こういう時はどうするんだっけ?」  ズルい。ズルい。ズルい。  こんなに追い詰めて逃げ道を無くして、そうしてやっと手を伸ばしてくるなんて、本当に卑怯で意地悪で性格が悪くて、ちっとも優しくなんてない。  それでも俺はリカちゃんしか見えなくなる。 「…リカちゃんを頂戴」  唇を噛み、羞恥に耐えながらも絞り出した言葉に意地悪な先生は満足そうに頷く。 「しゃあねぇな。ちゃんと声抑えていい子にしてろよ」  火種を消すよりも早く降ってきたキスの嵐に、そっと目を閉じた。

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