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第32話

✲  水曜木曜と日は過ぎ、金曜日がやって来た。もうすぐリカちゃんが隣に越してきて1週間が経つ。リカちゃんのベッドが届くのは来週の日曜日に決まり、2人で眠るのもあと1週間…そう思うと少しだけ淋しくなった。  ダラダラと1日を過ごし、放課後がやってくる。  リカちゃんは会議で今日は帰りが少し遅いらしく、俺は送られてきたメールを見ながら買い物をしていた。 「白菜と…エノキ、ネギ……と、鶏肉…「あら。今日はお鍋かしら?」…うん。リカちゃんが遅くなるから簡単に鍋…って、え?」  ヒョイっと俺が持っていたカゴを覗き込む横顔は桃ちゃんだ。 「やぁね。お鍋なのにお豆腐は?」 「豆腐は家にあるから大丈夫」 「ならバッチリね!!」  バチンッとウインクをかまし、俺の手からカゴを奪った。桃ちゃんは言葉はおネェだけど力持ちだ。「意外と力あるんだね」って本人に言うと『心は乙女身体は男。ギャップよ』と返ってきた。    桃ちゃんに先導され買い物はスムーズに進む。 「ほらほら。早くお会計しましょ。リカからお金預かってるんでしょ?」 「あ、うん」 レジを待つ間に預かった5千円札を出せば、桃ちゃんはケチ臭いわ!と不満そうだった。十分足りるのに何が問題なのか、頭を捻る……けれど、答えが出る前に桃ちゃんが言った。 「せっかくホールケーキでも買おうと思ったのに!」 「誰か誕生日なの?」 「いいえ。あたしが食べたいだけよ」  桃ちゃんの返事に『類は友を呼ぶ』今日、現国の授業で出てきたその言葉が頭に浮かんだ。 「どっちの部屋でご飯なのかしら?」  ちゃっかり参加するらしい桃ちゃんはスーパーを出ても帰る素振りはなく、俺の隣を歩きながら話す。そこで俺は気づいてしまった。  うちには俺とリカちゃんの食器しかないことに。 「うち、食器無いんだけど…」 「それならリカの部屋ね!!何時に帰れるか聞いてみるわ」  スッとスマホを取り出し、素早い手つきで電話をかけた。会議中だって言うタイミングもなく、数秒待ったも桃ちゃんが口を開く。 「……あたし。ねぇ、今日何時に帰るの? うるさいわね。あんたの大事なウサギちゃんは隣にいるわよ。ちゃーんとお遣い出来てたから安心なさい。」  俺はもうすぐ16歳になるんだから買い物ぐらい余裕なのに、まるで大仕事のように言われてムッとする。それでも桃ちゃんとリカちゃん、2人の会話は続いている。 「リカが帰って来るまでウサギちゃんの家に…ちょっと待ちなさい」  桃ちゃんがそう言って俺にスマホを渡してきた。 「リカがウサギちゃんに代わってほしいみたい」 「俺に?……もしもし」  電話に出れば通話口から深いため息をつく声が聞こえる。 『ウサギか?桃に何もされてない?』 「されてないけど…」 『それならいい。渡した合鍵使って俺が帰るまで桃に鍋の準備させとけ。間違ってもお前の家には入れるなよ』 「……え、マジ、で?」  前に預かりはしたものの、使うタイミングが無かった合鍵…っつーか使う事なんて無いと思ってた合鍵。それを使えと言ったリカちゃんに戸惑う。 『出来るだけ早く帰るようにするから。…あ、悪い。もう切るわ』  ピッと切られた電話を桃ちゃんに返す。そして俺は鞄の中からようやく使う時が来た鍵を取り出した。  心なしか鍵が誇らしげに輝いてるように見える。  マンションに着いて、そのまま自分の部屋を通り過ぎリカちゃんの家の扉に鍵を差し込む。  ……そりゃ、もちろん開いた。正真正銘、本物の合鍵なんだから当たり前だ。 「リカちゃんが準備しといてって」  先に桃ちゃんが入れるようドアを開ければ、こちらを見ながら固まっている。 「桃ちゃん?」  名前を呼んだ俺に、桃ちゃんがおずおず…という感じで聞いてきた。 「ウサギちゃんってリカの合鍵持ってるの?」 「うん。ちょっと色々とあって交換した」  桃ちゃんが口に手を当て「あのリカが?嘘だろ……」と呟いた。けれど、そんなにも驚く理由が俺にはわからない。合鍵を交換するなんて変だとは思うけど、そこまで驚くことなんだろうか? 「桃ちゃん?」  もう一度名前を呼べば、桃ちゃんは黙ったまま部屋へ入って行ったから俺もその後を続いた。 玄関に立ち、靴を脱いで1歩踏み出す。 ここがリカちゃんの家だと思うと、なんだかすっげぇドキドキする。  うちと同じ間取り。  リビングへと進む廊下にドアが3つ。それは、バスルームと洗面台に繋がるドアに、トイレ、そしてもう1部屋の扉だ。廊下の先のドアにはリビングが広がっている。  進んだリビングはリカちゃんらしいシンプルで余計な物の無い部屋だった。  部屋の真ん中には大きな黒いソファに大きなテレビ。カーテンは紺の無地だ。 「ウサギちゃん。準備手伝ってくれる?」  対面式のキッチンに立った桃ちゃんが俺を呼んだ。

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