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第33話

 桃ちゃんとキッチンに並んで立つ。  俺が野菜を洗って、桃ちゃんがそれを切る。リカちゃんほどではないけれど、桃ちゃんも慣れたように手を動かしていた。 「ねぇウサギちゃん」  目線は手元に向けたまま桃ちゃんが口を開く。 「リカってばちゃんと先生出来てるのかしら?」 「めっちゃ人気。外面良すぎて気持ち悪いぐらい」 「ふふっ。わかるわぁ……あいつ黙ってれば見た目は完璧なのにね。喋ると口が悪すぎるわ」 「リカちゃんは口だけじゃなく性格も悪いよ」  あははっと桃ちゃんが声を出して笑った。変だと思った雰囲気は消え、俺の知っている桃ちゃんの戻る。 「確かに!でも優しいでしょ?」 「…………まぁ、たまには」  桃ちゃんは手を動かしながらも会話できる器用な人だ。たどたどしい俺と違い、要領よく作業を進めて、鍋が着々と出来上がっていくんだから。 「面倒臭がりなくせに世話焼きよね。たまにリカがお母さんに見えるもの」 「それ俺も思った!リカちゃん文句言いながらも色々してくれるし」 「そうなのよ。料理は上手だし、車の運転も上手いなんてズルいわよね」 「うんうん。リカちゃんが運転してる姿、マジでイケメンなんだよなぁ」 「ねぇねぇ、気になってたんだけどリカってばセックスも上手なの?」 「上手なんてモンじゃない。めちゃくちゃ気持ちい……」  しまった。そう気づいた時には遅すぎた。コトンと包丁を置いた桃ちゃんが、ヘナヘナとしゃがみこむ。 「も、桃、ちゃん?」  シンクの足元に蹲った桃ちゃんに声をかける。すると、小刻みに震えだした。 「どうしましょう……合鍵でも驚いたのに…まさか!!まさか手まで出してるなんてっ」  顔を押さえた桃ちゃんが「うぬあぁぁぁ…」と声にならない声をあげた。こんな低い声を出す桃ちゃんは初めてで、内心かなり驚いた。 「ちょっと待って!!ウサギちゃんとリカって生徒と担任よね?!前から仲良かったの?」 「ううん。まともに喋ったのはリカちゃんが隣に引っ越してきてから、かな」 「たった1週間でアイツ手を出したの?!自分の教え子で高校生のウサギちゃんに?!いやァァァァ!!!」  今度はガンガンと頭を戸棚扉に打ち付ける。俺は、桃ちゃんが本気で怖くなった。  頭を打ち付け、「無い。それは無い」とくり返すオカマ。そこに優しくて爽やかに笑う桃ちゃんの姿は見つからない。 「あり得ない…あり得ない…あり得ない……あり得ないわ!!」 「も、桃ちゃん!!もうやめて!怖いからっ、怖いからやめてってば!!」  このままじゃ頭が割れるんじゃないか、と不安になった俺は、どうにかやめさせようと桃ちゃんの両肩を掴んだ。 「これをあいつが知ったら、、あたしが殺られるわ!」 「アイツ?」  アイツって誰だろう?不思議に思いながらも、なんとか必死に桃ちゃんを止めようとしていた時だった。ガチャリと玄関の扉が開く音がした。 「桃、お前いい加減に……って何してんの?」  リビングに入ってきたリカちゃんが見たもの。それは頭を打ち付ける桃ちゃんと、戸惑っている俺の姿だ。 「桃……それ、何かの儀式か?」  あのリカちゃんが若干ひいてる。何事にも動じない、あのリカちゃんが。 「リカ。とりあえず中に入れてくれ」    知らない声がしたと思ったら、リカちゃんの後ろに誰かの人影がある。短髪で背の高い男の人。袴が似合いそうな落ち着いた人だった。 「豊!!!」  桃ちゃんがその男の人の名前を呼んだ後、バッと隠れるように俺の背後にまわった…けれど。俺とたいして背丈が変わらないんだからバレバレだ。  そもそも、声を出しちゃってる時点でダメだと思う。  ゆらりと動いた大男がリカちゃんを押しのけて中へと入ってくる。 「桃。お前はいつもいつも突然押し掛けては迷惑をかけて…!!この腐れオカマ野郎が!!!」  その見た目から落ち着いた人だと思ったのに…!  リカちゃんの後ろにいたはずが瞬時に俺の元まで来て、桃ちゃんの首根っこを捕まえる。  そのままソファまで引きずり、背もたれに桃ちゃんの顔をグリグリと押し付けた。 「テメェの気分で振り回される身にもなれクズ!!いい加減にしないと、そのオカマ言葉ですら喋れなくしてやるからな!!」 「…ぐぇ…も、しゃべ…な…」 「アァ?!男ならハッキリ言え!!!」  ……言いたくても言えないんじゃないだろうか。  弱っていく桃ちゃんと、第一印象を数秒でぶち壊した男の人を見ながら俺はそう思った。 「相変わらずえげつねぇな…」  俺の隣に来たリカちゃんかボソッと呟く。相変わらずって事は普段からこうなんだろう。  マフラーを外しコートを脱いだリカちゃんに俺が手を伸ばせば、少し驚いたように手渡してくる。 「……俺は洗っただけだけど。一応は用意終わった」  野菜を切ったのも、出汁をとったのも全部桃ちゃんだ。  俺は隣で見てただけ。  それをリカちゃんに告げると、「ご苦労様」と返ってくる。 「…俺も料理の練習しようかな」  なんだか情けなくなって言えば、リカちゃんが俺の頭をポンポンと撫でた。 「今度教えてやるよ」 「マジ?」  期待して顔を上げた俺に、格好だけは先生の男が囁く。 「あぁ。………手取り足取り優しーく丁寧にな。俺の授業料は高いから覚悟しろよ?」  ボッと顔が赤くなったのは、その授業料に変なことを妄想したからじゃない。

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