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第34話
テーブルの真ん中に鍋を置き、俺の隣にリカちゃん。その向かいに桃ちゃんと…
「忘れてた。コイツが前に話したもう1人のヤツ」
「美馬 豊だ」
頭を下げた美馬さんに俺も倣う。
桃ちゃんが絡まなければ美馬さんは礼儀正しく落ち着いているらしい。
ピンと伸びた背筋に男らしく凛々しい眉。リカちゃんや桃ちゃんと違う男臭い雰囲気の人だった。
「兎丸 慧です」
俺の顔をジッと見て美馬さんは小さく頷いた。
「そうか。君が星一の……あまり似てないな」
フッと優しく笑った美馬さん。きっと星兄ちゃんの事を思い出したんだろう、少し凛とした雰囲気が和らぐ。
美馬さんとは正反対の桃ちゃんが、持っていた箸を置き、その代わりに美馬さんの服を掴んだ。
「やっぱり?!あたしも思ったの。セイと違って可愛くて癒されるわ。あいつは鬼のようなヤツだったもの」
「鬼…?星兄ちゃんが?」
鬼と言った桃ちゃんがよくわからない。なぜなら俺の知ってる星兄ちゃんは鬼とは真逆のような人だったから。
鬼と言われて思い浮かぶのは……
「…なんだよ」
間違いなく隣に座るコイツだ。何様俺様リカ様の獅子原理佳先生だろう。
「別に」
「どうせロクでもねぇ事考えてんだろ。言っとくけどお前には優しい兄ちゃんでも、俺らにとっては暴君だったからな」
「リカちゃん以上に?」
「っ…お前なぁ…」
ムニッとリカちゃんが俺の頬っぺたを抓る。その口元が緩んだ。
「いひゃい…」
「柔らか…。すげぇ触り心地いい」
人の頬っぺたを抓って笑うなんてリカちゃんも十分暴君だ。笑って俺の顔をいじくるリカちゃんに、目の前の2人の視線が集まる。
「仲いいわねぇ……」
「ああ。リカがこんなに楽しそうなのは何年振りだろうか」
向かいの二人がじっと見ていた事に気付き、リカちゃんは俺から瞬時に離れた。照れたのを隠すようにビールをグイッと仰いだ。
「うっせぇ。明日は休みなんだからお前らも飲めよ」
「そんな事言って泊めてくれないくせに。ケチな男は売れ残るわよ」
「布団無いんだから仕方ねぇだろ?真冬に雑魚寝は風邪ひくっつーの」
「…………ならリカはどこで寝てるんだ?」
美馬さんの言葉にリカちゃんは固まり、しまった……という顔をした。
答えないリカちゃんの代わりに桃ちゃんが身を乗り出す。
「ふふっ。リカはウサギちゃんと同じベッドで寝てるのよ。毎日毎日腕枕してあげるなんて愛よねぇ」
「毎日じゃねぇよ!!まだ2回しかしてない!」
「2回はしたのか」
「…っくそ!!」
あのリカちゃんが揶揄われてる。
そう思うと我慢出来なくて、俺は持っていたグラスを置いた。
「…っはは!!!」
「ウサギまで笑うなよ」
「だって…新鮮すぎて…あのリカちゃん先生が……っふ」
ふてくされたリカちゃんは1人ブツブツ言いながらもビールをどんどん飲む。
その早いピッチに桃ちゃんがため息をついた。
「リカ。あんた弱いんだからペース考えなさいよ?」
「そうだぞ、俺はこのオカマで手一杯だからな。潰れたお前の面倒まではみきれん」
「ちょっと豊!オカマじゃなくてオネェ……ってまぁ今はいいわ。今日だけは特別に許してあげる」
桃ちゃんも美馬さんもハイペースに缶を開けていく。こんなに賑やかで楽しい食事は久々で、いつも以上に食べ過ぎてしまった。
なんだか暖かくて気持ちいい。頭がフワフワして動きたくない。
確かみんなで鍋食べて、3人が酒盛りしだしたのをソファに座って見てて…
気づけば寝てしまったらしく、遠くの方に誰かの話し声が聞こえる。
身体に触れるのは、何だか覚えのある暖かさだ。
「ウサギちゃん、寝ちゃったの?」
「あぁ。もう少し寝かせておいてやろうと思って」
桃ちゃんとリカちゃんの声がした。けれど目は開かなくて、どこに誰がいるのかわからない。
「それにしても…まさかお前がそこまでするとは」
今度聞こえたのは美馬さんの声だ。
「本当に。リカが誰かに膝枕なんて考えられないわ」
「うっせぇ」
この暖かくて少し硬い感触はリカちゃんの足なんだってわかった。
俺の傍に座っているリカちゃんが少し身じろぐのを感じる。しばらくしてタバコの匂いが鼻を掠めた。
完全に目は覚めてるけれど起きるタイミングがわからず寝たふりを続ける。バレないように寝返りをうち、何かが顔に当たった。
薄く目を開けて見えたのは、リカちゃんの腹だった。
「そんな事言って…本当はベタベタに甘やかせてあげたいくせに。素直じゃないんだから」
桃ちゃんの言葉にリカちゃんはなんて答えるんだろう。その言葉が気になって仕方ない。
ドキドキと鳴る心臓の音を感じながらも、耳にリカちゃんの優しく甘い声が入ってくる。
「首輪でも付けて閉じ込めたい……って嘘だよ、嘘」
その言葉に俺の心の中はリカちゃんで一杯になった。
冗談なのはわかっていても、それぐらい思われていたい……なんて、らしくもなく考える。
起きたら出来ないこと。寝ているフリをしながら俺はリカちゃんの腰に手を回す。
「起きた?」
それに何も答えず、じっと耐えていると、しばらくして頭が撫でられた。
この手を独り占めしたい。強く思った。
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