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第36話
拓海とブラブラと街を歩き、買い物してる途中に俺は雑貨屋であるものを見つけてしまった。
それはシンプルな黒の灰皿。表面には何か英語が書いてあるが、もちろん俺には読めない。
リカちゃんは俺の家ではいつも携帯灰皿で済ませている。
そろそろちゃんとしたヤツ置いておくかな……とそれを手に取った。気づいた拓海が俺の手元を覗きこむ。
「慧タバコ吸わねぇのに灰皿いる?」
「いや。俺んじゃなくて……ちょっとな」
拓海から隠すようにレジまで持って行き、会計を済ませた。
渡された紙袋を見ると無意識に頬が緩む。
「なぁ…なんで灰皿?もしかして歩に?」
「違ぇよ。気分だよ、気分!!」
「気分で灰皿なんか買うか?タバコデビューするつもりなら俺は反対だからな!慧までヤニ臭くなんの嫌だ」
ヤニ臭い…確かに歩はいつでもタバコの匂いがする。学校でだって匂いをさせていて、それを注意すると「現場を押さえらんなきゃ余裕」と、いつも偉そうに笑っていた。
でも、リカちゃんはそうでもない。吸いたては、そりゃ匂いはするんだけど、学校ですれ違った時とかにはタバコ臭いと思ったことはない。
それを拓海に訊ねた。
「なぁ。リカちゃんってタバコの匂いする?」
「んー?リカちゃん先生は基本香水の匂いじゃねぇ?たまにタバコの匂いもあるけど大体は甘い匂いしてる。あれいい匂いだよなぁ。俺も同じの付けよっかな…」
甘い匂いっていうのは、リカちゃんが身に纏っているバニラの匂いだ。車にも、部屋にも漂っているそれのこと。
「ダメ」
「は?!なんで?」
「ダメなもんはダメ」
言い捨てた俺を拓海が勢いよく見る。
拓海がリカちゃんと同じ匂いしたら、なんか嫌だ。
それは、拓海だけじゃない。リカちゃんと他人が同じ物を持ってるのが嫌なんだ。
自分の心の狭さに呆れつつ、俺はそっと荷物を持ち直した。しつこく「なんで」と聞いてくる拓海を無視し、道を歩く。
少し先にある賑やかな看板に気づいた拓海が、そこを指さす。
「なぁ慧。ちょっとゲーセン寄って行こうぜ!」
誘われるようにゲーセンに行けば、そこで会いたくなかったヤツに会ってしまう。寄り道なんかせず、真っすぐ帰れば良かったと後悔しても遅い。
「あ、兎丸君と鳥飼だ」
爽やかな笑顔と共に名前が呼ばれ、それに反応した拓海がそちらを向いてしまった。
「おう鷹野!」
「どこに居ても鳥飼は目立つな。お前の声、すごく響く」
……最低最悪。今の気分は、まさしくそれ。
俺のことを大嫌いで、リカちゃんのことを好きらしい鷹野に休みの日に会うなんて、ついていない。できるだけ関わりたくなくて、身体をずらした俺に、鷹野の視線が向く。
その目が俺にだけ見せる、あの嫌味な形に変わった。
「ふぅん。兎丸君もさすがに休みの日は獅子原先生追っかけてないんだ?」
「なんだよその言い方」
バカにしたような言葉にムッとして言い返す。
百歩譲ってコイツがリカちゃんを好きなのは許そう。だからって何で俺がこんなに嫌味言われなきゃなんねぇのか、理解できない。
全身で嫌悪を伝える俺に、鷹野は変わらず話しかけてくる。
「あれだけ見つめてて構ってオーラ出してるから休日はストーカーでもしてるのかと思ってた」
「てめぇ……っ!」
「そりゃそうだよね。先生は生徒なんて相手にしないし。思うだけ無駄って事だよ」
鷹野の言うことは、もっともだ。けれど俺とリカちゃんは、鷹野が思っているよりも近い関係にいる。それを知らないから、こんなことを言ってくるのだろう。
そう思うと、少しだけ可哀想なヤツだと思った。ほんの少しだけ。
「期待しない方がいいんじゃない。じゃないと辛いのは兎丸君だからね」
「うっせぇよ。お前に関係ねぇだろ」
もうコイツと話していたくなくて、拓海を連れて出ようと隣を見る。そう言えば声がしないなって思っていたら……いない。
あたりを見回すけれど見つからない。
「じゃあ俺は行くから。また学校でね」
「二度と会いたくないっつーの」
何が可笑しいのか、言いたい事だけ言った鷹野が、クスクスと笑いながら去っていく。最初から最後まで人をイライラさせて嫌なヤツが消え、俺はホッと息を吐いた。
「おーい慧!!見て見て!!」
数分後、どこからともなく現れた拓海は両手いっぱいにお菓子を抱えていた。それを嬉しそうに顔の前に掲げる。
「なんか今日の俺ツイてるかも!!ガンガン取れる!」
「……そうかよ。めでたいヤツだな」
「っつー事でハイ。これ慧の誕プレな!」
その中でも、やたら大きな袋をズイッと差し出した拓海は自慢げに笑う。
「…誕生日、覚えてたんだ」
「当たり前だろー!!まぁ明日は俺も歩もバイトだから祝えねぇけど」
1月23日。俺は明日16歳になる。
星兄ちゃんがいなくなってからこの日を祝ってくれるのは拓海と歩だけだ。
そのうちの1人は今年も覚えていてくれたらしく、満面の笑みで目の前に立っている。
「拓海、ありがとな」
「おうよ!!そろそろ帰るか!」
右手にリカちゃんへの灰皿、左手に拓海からのプレゼント。それを持って歩く帰り道。
「…ウサギ?」
駅を出て数分歩いた所でリカちゃんとバッタリ会った。
15歳最後の日に偶然会うなんて、神様ってのがいるのなら、俺とリカちゃんをくっ付けたいのかもしれない。
なんだかそんなことを考えてしまう。
「ほら、乗れよ」
開けられた助手席のドア。鷹野は乗せなかった特別な場所に俺は座れる。
(なぁ、リカちゃん。自惚れてもいいよな…?リカちゃんも俺を思ってくれてるよな?)
見つめる横顔に心の中で問いかけると、リカちゃんはフッと笑って俺の手を握った。
それが答えだと思ったんだ。
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