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第39話

「おはよ。16歳おめでとう」  好きな人の腕の中で朝を迎える。俺にとって初めての経験だ。 「慧。今日お前の1日俺によこせよ」 「なんで…」 「お前誕生日だろ。イイトコ連れて行ってやるから」  やばい。リカちゃんが優しい…。なんだか今朝は特別優しい。  嬉しさを隠し、布団に潜り込んだ俺は見えないところで満面の笑みを浮かべる。 「朝飯食ったらプレゼント買いに行こうか」  そう言って俺の髪に軽くキスを落とし寝室を出て行った。  リカちゃんの出て行った数分後、やっと顔を出した俺は寝室で1人悶える。 「やばいやばいやばい!!!」  この甘ったるい感じは何が起きたんだろうか?!  バタバタと無駄に足を動かしたり、ベッドの上をゴロゴロしたり…何をしても、こそば痒い気持ちが収まらない。 「はぁ…なんか、幸せ過ぎて、夢…?」  信じられなくなって、ギューッと頬を抓る。 「い、いひゃい…」  当然、夢なんかじゃない。それが嬉しくてたまらない。  俺は、とても幸せな誕生日になりそうな朝を迎えた。 *  朝飯を済まし、支度を終えた俺たちは家を出て車に乗り込んだ。  もちろん俺が座るのは助手席だ。すっかり慣れた定位置に腰を下ろし、隣を見る。 「少し遠出してみる?」  車を走らせながら言ったリカちゃんに頷く。  ハンドルを握る右手に、俺の手を握る左手。絡まった指が気恥ずかしくてそっとリカちゃんの指を撫でる。 「ウサギ、くすぐったい」  前を向いたまま目を細めて笑う姿に胸がキュンとなる。  口が悪いと自分でも自覚のある俺が乙女みたいだ。  リカちゃんといると調子が狂う。フワフワして、それでいてずっと心を掴んで離さない……そんな気持ちになるんだ。 「そこのガム食べさせて」  あーんと開けたリカちゃんの口にガムを入れれば、すかさずパクンと指を食べられてしまう。チロチロと指を這う舌が熱い。 「やめっ…」 「本当に?ならもっと嫌がれよ」  運転しながらこいつは何してるんだ。対向車線から向けられる好奇の視線に気づいてないんだろうか、そう思ったけれど、すぐに思い直す。  それは絶対に違う。コイツが気づいてないわけない。気づいてても気にしないだけだろう。 「止めないならもっとするけど?」  爪先に歯を立てたリカちゃんが目線だけを俺に向けた。 「ッ、いい加減にしろ!」 「ははっ。その調子で俺を楽しませてくれよ」  さっきまでの甘々な雰囲気はどこへ行ったのか、途端に意地悪リカちゃんになってしまった。けれど、ニヤついたその顔すらかっこいいと思ってしまえるぐらい、俺はリカちゃんに夢中だった。  俺のプレゼントを買うと行って連れてきてくれたのは、かなり大きなショッピングセンターだった。わざわざ遠くまで来たのは知り合いに会う可能性が低いのとドライブも兼ねて…ってところがさすがと言うか、なんと言うか。  さすが『リカちゃん先生』だと思った。 「で、ウサギは何が欲しい?」 「リカちゃんが欲しい」…って言えたらどんなに楽だろう。俺の欲しいものなんて1つしかないのに。  もちろん、言えるわけないから他の物を探す。  欲しいもの…欲しいもの…と、考えて1つ思い浮かんだ。 「香水がほしい」  リカちゃんがくれたマフラーは毎日使っているからか、最近匂いが薄れてきた。  ほんのり甘いリカちゃんの匂いが恋しくて、今も巻いてるそれを鼻に押し当てクンクンと嗅ぐ。 「香水?お前香水なんて付けてたっけ?」 「いや、そうじゃなくて」  リカちゃんと同じのが欲しい。って言うのは変だろうか?コイツ気持ち悪いなって思われちゃう?  恋愛初心者の俺には、それがわからず、悩んだ末に答える。 「ちょっと甘めで…そんなにキツくないやつが欲しい」 「甘めってフルーツ系?」 「というよりバニラっぽい……」  口に出してハッとした。俺の身近にあって、バニラっぽい匂い。  自分に自信のある目敏い男が気づかないわけない。 「バニラっぽくて強すぎない香水、ねぇ。例えば…………これとか?」    言った途端に俺の腕を引き寄せる。リカちゃんが俺を腕の中に捉えて、キツく抱きしめた。 「リカちゃんっ!人、人が見てる……!!」 「顔なんて見えねぇよ。それより、お前の言ってる香水ってこれで合ってる?」  あたふたしながら何回も頷く俺に、リカちゃんは肩を震わせながら笑う。 「やっばぁ。お前、懐くとマジ可愛いよな」 「可愛くなんてねぇわ!」 「可愛い可愛い可愛い。ちょー可愛い」 「うっせぇ!ほら行くぞ!」  ヘラヘラと笑うリカちゃんを一発殴って先に歩き出す。それでも、リーチの差ですぐに追いつかれてしまい、余計に腹が立った。

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