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第41話
そのままリカちゃんに連れられやって来たのはブランド品が売ってある店だ。
なんでこんな店に?と思ったら、リカちゃんはあるブランドのショーウィンドウに向かっていく。
すぐに戻って来たその手にはガラスの瓶が握られていた。
琥珀色の液体が入った瓶。香水なんてもっと派手かと思ってたのに、それはシンプルなデザインだった。リカちゃんの手の中で、それがゆらりと揺れる。
「なぁ。本当にこれでいいの?」
リカちゃんがそれを紙に吹きかけ、俺に聞く。嗅いでみると、俺の好きなあの甘い匂い。
甘くて優しいリカちゃんの匂いがした。
考える間も無く頷くと、リカちゃんがスタスタとレジに向かっていく。それを確認して、俺は香水のあった棚の前に立った。
てっきり瓶だけなのかと思ったら、きちっと箱に入っていて…どう見ても安そうには見えない。
高そうな匂いだとは思ったけれど、まさかブランド品とは思っていなかった俺は、ついその値段を見てしまった。
その額、1万円近く。
たかが香水に1万円。たかが匂いのする水に1万円……。想像の範囲を軽く超えている。
それを躊躇わずに買ってしまえるリカちゃん。いくら大人だとしても、それはどうなんだろう。
「はい。どうぞ」
リカちゃんがお会計を終えた紙袋を俺に渡す。それは、ご丁寧にラッピングまで施されていて、受け取るのが躊躇われる。けれど、ここで受け取らないのは、もっと良くないだろう…そっと紙袋ごと抱える。
「……悪い」
「は?なんで謝んの?」
「こんないいやつと思ってなくて…」
居た堪れなくて顔が上げられない。
調子に乗って同じ香水が欲しいとか言った自分に嫌気がさす。すると、リカちゃんはそっと俺の頬を撫でた。
「別に嬉しかったけど?お前が俺の物を欲しがるのは素直に嬉しいと思うよ」
「リカちゃん…」
「どんどん俺に染まっていくね、お前。このまま俺専用のウサギさんになればいいのに」
リカちゃんが囁いたのはすごい殺し文句だ。
今の俺にとって、欲しいものはその本人に関わる物だけなんだから。
「……ありがとう。大事にする」
「いや、ちゃんと使えよ」
「チビチビ使う」
「なにそれ。無くなったらまた買ってやるから普通に使えよ」
本当に?また一緒に買いに来てくれる?
そんな視線だけの問いかけに、リカちゃんは見惚れるほどの笑顔で答えてくれた。
それが嬉しくて袋を持つ手に力がこもる。
いつ付けよう、どこに付けようと考え、ふと気づいた。
「あ、でも…これ、学校に付けてったらマズいよな?」
リカちゃんと同じ匂いを俺がさせてたら怪しまれないだろうか?
今まで香水なんてつけてなかったのが急につけるんだし、変に勘ぐられないだろうか?
不安に思ったことを聞くとリカちゃんは別段気にせず答えた。
「別に平気じだと思うけど。香水ぐらいかぶるだろ」
「こんな高いの使ってる高校生いねぇよ…」
人のことは言えないが、一般の高校生のお財布事情なめてはいけない。こんな香水なんて買ってられるか。
ジロリ、と一般常識から大きく外れた男を睨む。
するとリカちゃんは俺の頭をポンと撫でた。
「心配しなくていいよ。お前の事は俺がなんとかしてやるから」
「……え?」
「お前1人ぐらい俺が面倒みてやるっつってんだよ」
ダメだ。どうやら今日のリカちゃんは俺をキュン死させる気かもしれない。
このままリカちゃんに殺される前に好きだって今日言ってやる。
全部俺のものにしてやる……そんな気持ちが強くなって足取りは荒くなる。
夕飯を食べ終え、車を走らせる。リカちゃんに誘われて最後は海……なんというベタなデートコースだろう。
人気のない場所にやってきた俺たちは車を止め、手すりにもたれながら海を眺めた。少し離れた所でタバコに火を点けたリカちゃんを見つめる。
もちろん見られていることなんて、お見通しのリカちゃんは意地悪な笑みを浮かべていた。
「何?また見惚れてんの?」
「……リカちゃんってさ、意地悪だけど優しいよな」
俺ちゃんと気づいてるよ。
リカちゃんが俺の前でタバコを吸う時、必ず風下にいるって事。換気扇を気にするって事も。
それを当たり前のようにしてくれるリカちゃんがすごく好きだ。
「いっつも意地悪だの性悪だの言ってんの誰だよ」
「優しいけど意地悪なんだよ」
「なにそれ。矛盾してんじゃん」
そうやって目を細めて笑うところも好き。
「寒くないか?」
「………ちょっとだけ」
「慧」
静かな声が俺を呼ぶ。
「おいで」
自分のコートを広げ、中に俺を抱き込む。さっきまで吸ってたタバコの香りに、俺が貰ったのと同じバニラの甘い匂いが混ざる。
それはリカちゃんだけの匂い。
匂い 体温 声に仕草
その全て本当に、本当に…
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