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第42話

 俺を後ろから抱きしめるリカちゃんの強い力。  頬にかかる柔らかい黒髪。  冷たい吐息も、甘く響く低音の声も。  それ以外の他の言葉なんて見つからない。  俺に触れるこの男が…心の底から 「…………好き。俺、リカちゃんの事が好き」 「ウサギ?」 「俺、リカちゃんのことが好きだ」  リカちゃんはなんて答えるだろうか。 「知ってる」とか「当たり前」とか?もしかしたら「今更かよ」とかかもしれない。  そんな言葉より先にキスとかしちゃうのもあり得る。  だって俺様リカ様だから。リカちゃんは何でも知ってて、いつも余裕で、どんな時も笑っている人だ。  意地悪かったり、優しかったり……でもいつも笑っている。俺の中にあるリカちゃんを思い描き、伏せていた瞼を上げる。  目の前にはライトアップされた建物が移り込む水面が揺れていた。  淡い気持ちが俺の心を満たし、それは一気に凍りつく。  息を詰めた後…いつも俺を呼ぶ声が残酷な現実を告げる。 「悪いけどお前のことは生徒以上に見れない」  目の前の世界が止まり、眩いばかりに輝く夜景が色を失っていく。  あんなに幸せだった時間が嘘のように止まった。 「俺が悪かった。期待させるような事したし、言った…お前がそうやって錯覚するのも無理はない」 「錯覚?それって……何が?」 「いきなり現れたやつに好き勝手やられて、戸惑って動揺したのを好きだと勘違いしてるんだよ。ウサギは何も悪くないから…だから全部忘れて」  忘れるって、何をだろうか?  一緒に飯を食べたこと  一緒のベッドで寝たこと、それとも一緒に出かけたこと。  階段で隠れてしたキスや橋の下での熱くて激しい口付け。  初めて1つになった夜のこと。学校で声を殺した甘い時間。  そして昨日の夜もたくさん名前を呼ばれて、たくさん触れて。    奥まで1つになったこと。  今日……誕生日祝ってくれてるのは誰だろう。高い香水を買ってくれたのは誰?  面倒みてくれるって言ったのはリカちゃんの方なのに。俺はリカちゃん専用…にしてくれないのだろうか。してくれない、んじゃなく「する気がない」ってことなのか。色んなことが頭を巡って何も考えられない。  ただただ、目の前が真っ暗になって心臓が痛い。  意地悪だとしても、理不尽ばかりだったとしても全て気まぐれだなんて信じられない。リカちゃんが、そんなことをするなんて信じたくない。 「たまたま越した先にクラスの問題児がいて、ちょっとからかったら反応して懐いて……それが楽しかったって事?」  訊ねた俺にリカちゃんは身体を離し、距離まであけて答えた。 「俺が間違ってたんだ。だから全部忘れて」  俺のことを可愛いと言った唇が終わりを告げる。 「もう必要以上に関わらないようにするから」  こんなにも心を乱して全てを奪って行ったくせに、するりと逃げていく。 「普通の教師と生徒に戻ろう」  リカちゃんが俺にくれたのは受け止めたくない残酷な答えだった。 「リカちゃんはっ、ずるい!!!それなら、気まぐれなら、なんでキスなんてしたんだよ!なんで抱いたんだよ!!なんで、なんで…なんで俺なんだよ…っ!」 「………ごめん」  俺は、リカちゃんに愛されてる自信があった。同じ教室にいたとしても俺だけがリカちゃんの特別だって思っていた。  リカちゃんが向けてくれるのは、俺が思う気持ちと同じなんだと信じていた。  だから全てを、身体も心も全てをリカちゃんに差し出したのに…なんで、なんで…なんで。  意地悪なその唇から紡がれる言葉は時に俺を熱くさせ、幸せにさせてくれる。  その見透かした目で俺の奥の奥まで暴いて、誰も知らない俺の全てを奪って。  そして消せない傷跡を残していなくなる。

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