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第43話

 幸せと共に始まった誕生日は悪夢で終わった。  隣に越してきた担任は、不真面目で素行の悪いクズ生徒を懲らしめるためにエッチなお仕置きをして。それに乗せられたバカな生徒は、まんまと担任を好きになった。  きっと先生も俺のことを!!とか期待しちゃった生徒は人生初の告白をして見事に玉砕した。  終わってみれば全てが呆気ない。嵐のように過ぎ去った。  その日の帰りはただ息苦しいだけの沈黙だった。行きに繋がれてた手はもちろん離れているし、ガムをくれと言われたりもしない。  マンションに着いてからの会話といえば「おやすみ。また明日学校でな」のみ。  それを言うってことは、リカちゃんは今日このベッドで寝ないって事だろう。  俺たちは普通の教師と生徒なんだから一緒に飯を食べる事もない。普通の教師と生徒なんだから一緒に寝るなんて変だし、そんなの普通じゃない。  普通の教師と普通の生徒。  普通……ってなんだろう。 「数回しか使ってもらえなかったな…」  リビングにあったリカちゃんの灰皿は、今この寝室にある。  本人がいないなら、せめて何か思い出のある物を…と思って持ってきたはいいが、なんて女々しいんだろうと情けなくなっただけだ。 「はぁ」  俺の口から出るのはため息ばかり。  涙は枯れ果てるぐらい流した。自然と流れるそれを、止める方法なんて俺は知らない。  どんなに泣いても、どんなに責めても謝るだけだったリカちゃんを思い出す。何も言い返さず、何を言っても「ごめん」としか返ってこない。  そこには何の希望も無ければ期待するだけ無意味だ。  リカちゃんがまた俺を名前で呼んでくれる日はくるのだろうか。  今、俺を呼ぶのは記憶の中にいるリカちゃんだけだ。 「………………マジで散々だ」  リカちゃんが俺にした事は許されることじゃない。けれどそれを受け入れたのは俺だ。両思いだと思い込んでた俺が悪い。そう思うのですら、きっと俺は毒されてる。  綺麗な花には棘がある……と言うけれど綺麗な男には毒があるらしい。  全てが終わった今でも、どうして俺なんだろう、と考えるのは自分が汚い人間だからだろうか。あの男にとって、俺だけは特別だと思っていたいからかもしれない。 『リカちゃん先生には近づいてはいけない』  でも、そんなの無理だ。  あの目に見つめられたら、あの声で呼ばれたら。きっとまた俺は吸い寄せられるように近づいてしまう。誘われるままに触れて求められるままに差し出して、何でもするだろう。  「おいで」と言われた瞬間に俺は俺でなくなる。    ぼすん、と頭を埋めた枕が跳ね、視界を隠した。けれどすぐ元に戻って見えるのは、リカちゃんが使っていた枕だ。  それを手に取り、訊ねる。 「好きって、どれぐらいすれば消えるんだよ」  例えばこの先、学校を卒業して、どちらかが住むところも変わって…そのうち俺はリカちゃん以上に誰かを思う日が来るのだろうか。こんなにも胸を痛め、声を枯らすほどに誰かを求める日が来るのだろうか。  手の中のそれは何も答えてくれず、思い出すのは幸せな思い出ばかり。その日みたのは、遠くなっていくリカちゃんに向かって叫ぶ夢だ。 『…ごめん』  夢の中のリカちゃんはまた謝って、その理由を聞く前に目が醒める。割れるように頭が痛いのも、瞼が少し腫ぼったいのも泣いてしまったからだと思う。  毎日当然のように用意されていた朝食。それが今朝は何も無い。冷蔵庫にはたくさんの食材があるのに、このままじゃ全部ダメになってしまう。  大好物のメロンパンも今日は全く味がしない。いつも黄金比率で淹れてくれるコーヒーがやたら苦くて捨ててしまった。また俺はそれが飲めなくなってしまう。  たった1人。たった1人がいないだけで全てが違う。

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