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第44話
「………青い」
「そりゃ空だからな」
屋上に寝転がり、ただどこまでも広がる空を眺める。その隣には黙ってついてきた歩がいる。
学校に来たはいいものの、HRが怖くなってしまった俺は逃げるように屋上に来た。
だって会いたくなかったから。
先生の顔をしたリカちゃんに、先生の顔で先生の声で名前を呼ばれたら、また泣いてしまう。
本当に『先生』と『生徒』に戻ってしまう気がして怖くて逃げる。
逃げて逃げて、胸の痛みが薄まるまで逃げる。
ぼんやりと空を見上げる俺に、歩が話かけてきた。
「HRいいのか?」
「…………飽きた」
「ふぅん」
それ以上何も聞かない。拓海と違って歩は余計な事は聞かないし言わない。人のことはどうでもいい、興味ない……そんなヤツだ。
そんなヤツだったはずなのに。
身体を起こした歩が俺を覗きこんだ。
「アイツとなんかあった?」
その言葉に、一瞬時間が止まったかと思った。誰のことを指しているのか…俺の脳裏に浮かぶのは1人だけだが、歩が知っているわけない。
「…アイツ?誰のこと言ってんだよ」
「獅子原」
「なん、で…」
どうして歩がリカちゃんのことを聞いてくるのか、不思議に思って問いかける。
「見てりゃわかる。お前がアイツのこと好きなの」
そう、軽く笑った歩がタバコに火を点け、宙へと消えていった煙に身体が反応する。
「この匂い……」
「へぇ。さすが嗅ぎ慣れてるだけあるな。そんなウットリした顔して…そんなにこの匂い好き?あぁ、違うか…大好きなアイツの匂いだからか」
その手にあるのは、リカちゃんと同じ銘柄のタバコ。漂う香りは、もちろん同じ匂いだ。
「なぁ。アイツのこと、フったの?」
歩の真剣な目が俺を捉える。何も見ていないようで、しっかり見ていた歩を騙せることなんて出来ず、俺は視線をそらして答えた。
「……俺がフラれたんだよ」
驚いたように歩が目を見開き、その手から灰がポトリと落ちた。
「そこまで驚くことか…?」
「いや、そんなワケない。だって、え…マジで?」
珍しく戸惑う歩に俺の方が聞きたい。なんでそんなに驚くのか。
「悪いか。そんなワケあるんだよ」
「いや、待って。だって誕生日の前日、わざわざお前の予定聞きに来たんだけど」
「…………は?」
歩が言った言葉の意味が理解できずに固まる。瞬きを繰り返すだけの俺に、歩が続ける。
「土曜日にわざわざ来て人が寝てんの叩き起こしてまで聞き出してきたんだけど。朝方まで起きてたのに容赦ねぇんだよアイツ」
「え、なんの話?」
どういう事か全くわからない俺を見て、歩がタバコを揉み消した。黒い2つの瞳が俺を映す。
「あー……アイツからまだ聞いてなかったのか?俺、アイツの弟」
「はぁ?だって、苗字違うじゃん」
「うち俺がガキんとき離婚してんの。
俺は母親に引き取られて、兄貴は父親んとこ。俺ん家が母子家庭なのは知ってるだろ?」
すぐには信じられない話だけど……でも言われてみれば、どことなく似てる。
目を細め笑う顔とか、呆れた時の見下した目とか。性格の悪いところとか、口が悪いところも誰かさんそっくりだ。
「だからリカちゃんは歩がタバコ吸ってんのに動じなかったんだ…」
「俺が吸い始めたの兄貴の影響だからな。自分が引きずり込んだんだから何も言えねぇだろ」
そう言って歩がニヤッと笑う。その顔はまさしく兄弟……知ってしまえばそうとしか思えなかった。
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