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第45話

「んで?何がどうなってフラれたとかいう馬鹿げた話になったんだよ」 「馬鹿げたって……こっちは真剣に告ったし」  ぼそり、と言い返した俺に歩の訝しげな視線が突き刺さる。けれど、疑われてもこれは本当のことだ。なんたって人生で初めて告白したんだから。  初めて誰かを好きになり、初めて告げて……初めてフラれた。どれだけ辛くても全部現実だ。  唇を噛んで堪える俺に、歩が重たいため息を零す。 「そもそもさ。いつから兄貴とそんな仲になったんだよ」 「1週間ぐらい前に隣に越してきて飯作ってくれて。そしたらベッド無いって言うから一緒に寝て……」 「はぁ? 一緒に寝てんの?」 「あ、でも昨日は寝てない」 「そこかよ」と呆れた歩がまたタバコに火を点ける。ぷかぷかと煙で遊んだかと思ったら、それを振り払って消し、俺を見た。 「お前さ、兄貴の部屋って入ったことある?」 「ある……っつーか鍵持ってる」 「は?!」  今日の歩は、なにやら反応が激しい。まるで拓海みたいで不思議な感じだ。  いつもの無表情な歩の顔が驚きに変わって瞬きを繰り返す。 「え、兄貴が合鍵渡したの?あの兄貴が?」 「押し付けられたに近いけど…。それが何だよ」 「兄貴の部屋、異常に綺麗じゃねぇ?アイツちょっと潔癖なんだよ」  確かにリカちゃんの部屋は異常なほどに綺麗だ。ゴミはすぐに捨てるし、俺と違って服を脱ぎ捨てたりなんて絶対にしない。  そういや、隣に誰か座ると息が詰まるとも言っていたことを思い出した。  どうやらあれは、冗談じゃなく本当のことだったらしい。 「結局さ、お前は何が言いたいんだよ」  歩の言いたいことがいまいちわからず、俺はストレートに聞いてみた。すると歩は「なんでわかんないんだよ……」とボソリと呟き鼻で笑う。 「合鍵渡すって事は勝手に入ってもいいって事だろ。アイツがそんなこと許すと思うか?」 「知らねぇよ。俺も渡してるし歩の考え過ぎだろ」  そんな言い方じゃ、まるで俺だけが特別みたいに聞こえる。  俺も昨日まではそう思い込んでいた。自分はリカちゃんの特別で、誰よりもリカちゃんの近くにいるんだと疑わなかった。  もう変な期待なんてしたくないのに、単純な俺の胸は少しドキドキ鳴り始める。 「じゃあ……あれってお前の合鍵だったのか」  歩がやたらニヤニヤしながら顔を上げる。  人がドン底に落ち込んでいるのに笑うなんて友達甲斐が全くない。そんな性悪なところも兄弟だと思う。 「兄貴のさ、キーケース。俺見ちゃったんだよ。そしたら兄貴らしくない鍵があったんだけど、何だと思う?」 「そんなの俺が知るかよ」 「鍵に油性マジックでハートマーク書いてんの。あんなのするの女だけだと思ってたけど、兄貴も可愛いトコあんのな」  合鍵を渡したあの時。  なんか書いてるとは思ってたけど…まさか、そんなのを書いてるのは知らなかった。聞かされた話に俺の心臓はもっと早く鐘を鳴らす。 「あの悪魔みたいな男をメロメロにさせるって兎丸君やるねぇ」  からかわれただけの言葉にすら、思わず顔が赤くなって顔を覆った。 「昨日の誕生日もさ、アイツ必死で聞き込んできたぜ?今時の高校生はどこ行きたいやら何食べたいやら」 「…なんて答えた?」 「食べたい気分だったから中華。んで海見て帰るって答えた」  ……リカちゃん。それは素直すぎるだろ…。    あんなに格好つけたデートが歩のプランだなんて、その裏事情が嬉しい。枯れた涙が零れそうなほど嬉しくて仕方ない。  顔を見せない俺に、歩の落ち着いた声がかけられる。 「なにがあったか知らねぇけどさ、兄貴は中途半端に手出したりするヤツじゃないよ」 「別に…手なんて出されてねぇし」 「あ?首にキスマークと歯型ガッツリ付けて帰ってきて何言ってんだよ。あのスカした兄貴が独占欲丸出しの上に、慧も慧で兄貴見る目が潤んでるわウットリしてるわで…バカップル爆ぜろって思ってた」  マジ恥ずかしい。バレないように必死だったから更に恥ずかしい。  熱い熱い顔から湯気が出そうで手で仰ぐ。触れる空気は冷たいのに一向に冷めない。 「多分さ、兄貴の事だから何か理由があんだと思う。慧がもう嫌で顔も見たくないなら別だけど…ちょっと待ってやってほしい」  急にトーンが落ちた歩の声が聞こえ、そちらを向く。真面目な顔をした歩と目があった。 「アイツ、ああ見えて気持ち悪いぐらい一途で健気だから。好きなヤツは溺愛するタイプ」  フッと笑った歩の顔。それがリカちゃんと重なって見えて、また泣きそうになった。

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