45 / 78
第45話
「んで?何がどうなってフラれたとかいう馬鹿げた話になったんだよ」
「馬鹿げたって……こっちは真剣に告ったし」
ぼそり、と言い返した俺に歩の訝しげな視線が突き刺さる。けれど、疑われてもこれは本当のことだ。なんたって人生で初めて告白したんだから。
初めて誰かを好きになり、初めて告げて……初めてフラれた。どれだけ辛くても全部現実だ。
唇を噛んで堪える俺に、歩が重たいため息を零す。
「そもそもさ。いつから兄貴とそんな仲になったんだよ」
「1週間ぐらい前に隣に越してきて飯作ってくれて。そしたらベッド無いって言うから一緒に寝て……」
「はぁ? 一緒に寝てんの?」
「あ、でも昨日は寝てない」
「そこかよ」と呆れた歩がまたタバコに火を点ける。ぷかぷかと煙で遊んだかと思ったら、それを振り払って消し、俺を見た。
「お前さ、兄貴の部屋って入ったことある?」
「ある……っつーか鍵持ってる」
「は?!」
今日の歩は、なにやら反応が激しい。まるで拓海みたいで不思議な感じだ。
いつもの無表情な歩の顔が驚きに変わって瞬きを繰り返す。
「え、兄貴が合鍵渡したの?あの兄貴が?」
「押し付けられたに近いけど…。それが何だよ」
「兄貴の部屋、異常に綺麗じゃねぇ?アイツちょっと潔癖なんだよ」
確かにリカちゃんの部屋は異常なほどに綺麗だ。ゴミはすぐに捨てるし、俺と違って服を脱ぎ捨てたりなんて絶対にしない。
そういや、隣に誰か座ると息が詰まるとも言っていたことを思い出した。
どうやらあれは、冗談じゃなく本当のことだったらしい。
「結局さ、お前は何が言いたいんだよ」
歩の言いたいことがいまいちわからず、俺はストレートに聞いてみた。すると歩は「なんでわかんないんだよ……」とボソリと呟き鼻で笑う。
「合鍵渡すって事は勝手に入ってもいいって事だろ。アイツがそんなこと許すと思うか?」
「知らねぇよ。俺も渡してるし歩の考え過ぎだろ」
そんな言い方じゃ、まるで俺だけが特別みたいに聞こえる。
俺も昨日まではそう思い込んでいた。自分はリカちゃんの特別で、誰よりもリカちゃんの近くにいるんだと疑わなかった。
もう変な期待なんてしたくないのに、単純な俺の胸は少しドキドキ鳴り始める。
「じゃあ……あれってお前の合鍵だったのか」
歩がやたらニヤニヤしながら顔を上げる。
人がドン底に落ち込んでいるのに笑うなんて友達甲斐が全くない。そんな性悪なところも兄弟だと思う。
「兄貴のさ、キーケース。俺見ちゃったんだよ。そしたら兄貴らしくない鍵があったんだけど、何だと思う?」
「そんなの俺が知るかよ」
「鍵に油性マジックでハートマーク書いてんの。あんなのするの女だけだと思ってたけど、兄貴も可愛いトコあんのな」
合鍵を渡したあの時。
なんか書いてるとは思ってたけど…まさか、そんなのを書いてるのは知らなかった。聞かされた話に俺の心臓はもっと早く鐘を鳴らす。
「あの悪魔みたいな男をメロメロにさせるって兎丸君やるねぇ」
からかわれただけの言葉にすら、思わず顔が赤くなって顔を覆った。
「昨日の誕生日もさ、アイツ必死で聞き込んできたぜ?今時の高校生はどこ行きたいやら何食べたいやら」
「…なんて答えた?」
「食べたい気分だったから中華。んで海見て帰るって答えた」
……リカちゃん。それは素直すぎるだろ…。
あんなに格好つけたデートが歩のプランだなんて、その裏事情が嬉しい。枯れた涙が零れそうなほど嬉しくて仕方ない。
顔を見せない俺に、歩の落ち着いた声がかけられる。
「なにがあったか知らねぇけどさ、兄貴は中途半端に手出したりするヤツじゃないよ」
「別に…手なんて出されてねぇし」
「あ?首にキスマークと歯型ガッツリ付けて帰ってきて何言ってんだよ。あのスカした兄貴が独占欲丸出しの上に、慧も慧で兄貴見る目が潤んでるわウットリしてるわで…バカップル爆ぜろって思ってた」
マジ恥ずかしい。バレないように必死だったから更に恥ずかしい。
熱い熱い顔から湯気が出そうで手で仰ぐ。触れる空気は冷たいのに一向に冷めない。
「多分さ、兄貴の事だから何か理由があんだと思う。慧がもう嫌で顔も見たくないなら別だけど…ちょっと待ってやってほしい」
急にトーンが落ちた歩の声が聞こえ、そちらを向く。真面目な顔をした歩と目があった。
「アイツ、ああ見えて気持ち悪いぐらい一途で健気だから。好きなヤツは溺愛するタイプ」
フッと笑った歩の顔。それがリカちゃんと重なって見えて、また泣きそうになった。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!