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第46話

 冬だから寒いのか、それとも1人だから寒いのか。  空いた左側には今日も誰もいない。  ***  頭がボーッとして、こめかみを押さえた。    やっぱり昨夜もリカちゃんは家には来なかった。夜遅くに隣の部屋から物音が聞こえたから、帰りが遅かったのかもしれない。だから来なかったのかもしれない。  けれどそれは俺の願望であって、現実はこんなもんだ。  歩はもう少し待ってくれと言ったけど……もう少しってどれぐらいだろう。待ってて何か意味があるのか?  どれだけ考えても答えはわからない。俺には何もわからないん。  リカちゃんが何を考えているのかわからなくて、2人で過ごした数日が夢のように感じる。  それか、もしかしたら今が夢なのかもしれないと思った。  リカちゃんにフラれたのが俺の夢の話で、目を覚ますと意地悪なあいつが隣にいるんじゃないかって。 「ウサギ、寝すぎ」  そう笑って俺の頬に触れる。俺が咄嗟に振り払うと、リカちゃんの眉間に皺が寄る。 「そんな悪い子にはお仕置きが必要だよな」  緩く弧を描いた唇が近づいて、冷たいけれど温かいそれが重なる。  そんな、夢をずっとみていたい。  教室の窓から見える景色は全て灰色だ。あの日失った色はまだ戻ってこない。    次は英語の授業だから、どこかでサボらなきゃいけない。  こうやって残り1ヶ月少し。俺は英語とHRを…リカちゃんに関わる全てから逃げる。  たかが失恋しただけでボロボロになってしまった自分が情けなかった。 「兎丸君。ちょっといいかな?」 「……なんだよ」  授業が始まる5分前。そろそろ寝床を探しに行こうと席を立ったと同時に大嫌いな鷹野が俺の隣で笑う。 「君に話があるんだ。君と……君の好きな人のことで大事な」  とても、とても嫌な予感がして俺は頷いた。  鷹野について来るように言われ、連れて行かれた部屋。そこには、たくさんのキャンバスに筆、油っぽい匂いが部屋の中に充満していた。 「ここ、美術部の部屋なんだ。この時間は誰も来ないからゆっくり話せるね」  近くにあった机にもたれた鷹野が俺を見た。その目がまるで獲物を捉えたように怪しく光る。思わず視線をそらし、真っ白なキャンバスに集中する。 「話って何?」 「これ、なんだと思う?」  問いかけた俺に、鷹野は指の間に挟んだ薄い紙をチラつかせ、下卑た笑みを浮かべる。  ひらりと揺れるのは、ご丁寧にプリントアウトされた写真。そこに映る2人の姿は、俺とリカちゃんだ。スーパーの袋を手に、何かを話しながらマンションに入る瞬間のそれだった。  「うまく撮れてるでしょ?」 「…盗撮とか趣味悪ぃな」 「ふふっ。褒めてくれてありがとう」  俺の威嚇なんて痛くも痒くもない、まるでそう言われているように感じる。鷹野の余裕そうな顔が、更に嬉しそうに笑う。 「怪しいとは思ってたけど…まさか本当に付き合ってるなんて思わなかった。教師と付き合うなんて兎丸君もやるね。どうやってあの獅子原先生落としたの?」 「付き合ってなんか…無い」  そうであれば、焦りはするものの胸が苦しくはならない。痛くなんかならない。けれど鷹野は俺の言葉など信じないとばかりに鼻で笑う。 「教師と生徒…しかも男同士。これバレたらマズいんじゃない?」 「何が言いたいんだよ」  胃がムカムカする。鷹野の声を聞く度にヘドが出そうで、なんとか堪える。  そんな俺の努力を無視して、そいつは続ける。 「俺、前に先生から離れてって言ったよね?」 「……これで俺を脅して……アイツがお前のモノになるとは限らねぇだろ」  悔しい。うまく言い返せない自分が悔しい。  早くなんとかしろ、と頭の中で警笛が鳴り響く。 「やっぱり兎丸君はバカだね。本当に俺があの人を好きだと思ってたんだ?」 ケラケラと乾いた音が部屋中に響いた。  にっこりと笑った鷹野が俺を見て口を開いた。  その歪んだ唇から出た言葉は、俺がリカちゃんから聞きたくて仕方なかった言葉。 「好きだよ。俺は兎丸君が好きなんだ」  もし、これをリカちゃんが言ってくれたなら俺はその瞬間に世界一幸せだったと思う。けれど今の俺はどうだろう。 「……気持ち悪い」  俺が鷹野に返したのは嫌悪だけだった。

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