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第47話
それでも鷹野に俺の言葉は通じない。
「ずっとこの部屋から眺めてた。…帰る君の姿をここからずっと見てたんだよ」
窓辺に寄った鷹野がウットリとした目でこちらを向く。
「綺麗な綺麗な兎丸君。その何にも興味ないような冷めた目にゾクゾクしたんだ」
気持ち悪い…。気持ち悪くて、今すぐ逃げ出したくなって俺は後ずさった。
「けれど最近になって君の目が何かを追っているのに気づいた。それがあの人だって気づいた時には驚いたよ」
回想を終えた鷹野の顔が歪む。それは、苛立ちを露わにした顔だった。
「あの人…どんなに探ってもボロ1つ出しやしない。それどころか優等生の俺に騙されないんだ。手っ取り早く既成事実でも作ってやろうとしても触れもしないし。なんなの、あの人インポテンツなの?」
コイツは何かが壊れてる。
無意識に身体が震えた。それが恐怖からなのか、それとも怒りからなのかはわからない。
俺は鷹野が気持ち悪くて、怖くて、近づきたくなくて同じ空気すら吸っていたくない。そう感じた。
ゆらゆらと写真を振った鷹野か微笑む。
「この写真バラまかれたらあの人も終わりだね。いい気味」
「お前……人間のクズだな」
言い返した俺の声は霞む。
でも負けたくない。リカちゃんにだけは迷惑をかけたくない。
鷹野が、傍にあった机に写真を置いた。それを奪おうとした俺を鋭い視線で制する。そして俺はもっと深い地獄へと突き落とされる。
「もう一つ、見せたい……いや、聞かせたいものがあるんだ」
写真の横に置かれたスマホ。その画面に鷹野の指が触れる。
静かな部屋に、聞きたくない声が流れる。
『リカちゃん……っ、イク、イッちゃ……』
『リカちゃん、リカちゃんっ!』
乱れた吐息とリカちゃんを呼ぶ俺の声。それは紛れもなく俺とリカちゃんがエッチをしている証拠だ。
あの日抑えきれなかった俺の声がここに残されている。
リカちゃんに声抑えてろって言われて、それでも無理だった強請る声が聞こえる。
「あの人の声は残念ながら録れなかったけど、十分何してるかわかるよね? ダメだよ、学校でこんな事しちゃ」
指先まで冷たくなってゆく。鷹野の声が頭に響いて俺を雁字搦めに締めつける。
「俺のモノになってくれるよね? 兎丸君」
イエスでも、ノーでもなく俺が口にするのはこれだけだ。
リカちゃん……リカちゃん。リカちゃん俺、どうしたらいい?
「とりあえず俺のモノって印つけとくから」
鷹野の唇が首筋に当たる。リカちゃんとは全く違う感触に鳥肌が立った。
触れられたところから腐ってしまえばいい。腐り落ちて跡形もなく消えてしまえばいいのに。そうしたら全部忘れてしまえる。
もう呼んでくれないリカちゃんの声も、もう触ってくれない指の感覚も。
「バーカ」って意地悪く囁いて抱きしめてくれる温もりも忘れてしまえるのに。
「ほら、ついた。兎丸君って色白だから映えるね」
けれど現実は残酷だ。首につけられた赤い痕は見えない首輪となって俺を捉える。
前はリカちゃんが付けた痕だらけだったのに、今は違うヤツのそれが残っている。
鷹野が去った部屋の中、ぼんやりと思い浮かべたのは目を眇めて笑うリカちゃんの姿だった。
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