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第48話

 *** 「軽い貧血だと思うから寝てていいわよ」  あの後、教室に戻れず、かといって行く宛もなくフラフラと廊下を彷徨っていた俺は偶然会った保健医に連れられ保健室に来た。  顔色の悪い俺を見て、休むように言ってベッドそ勧められる。そこに寝転んでカーテンを閉めた。  色んな事がありすぎて頭がパンクしてしまいそう。  今だけは何も考えたくなくて目を瞑る。よほど疲れていたのか気づけば眠っていた。 「そうですか。……はい、この時間は授業がないので」 「なら少し席を外していいですか?兎丸君はまだ寝てると思いますから」 「ええ。僕が代わりに見てますのでどうぞ」  カーテンの向こうから誰かの話し声が聞こえ、目が覚めた。しばらくしてドアが開いてパタパタと足音が遠ざかってゆく。  また静かになった部屋。薄いカーテン越しに誰かの人影が映った。 「兎丸、入るぞ」  かけられた声にビクンッと身体が跳ねる。  この声は……きっと。ううん、間違いない。そう思った俺は咄嗟に背中を向け、布団で顔を隠す。 「寝てるのか?」  間で声がして、そいつが俺を覗き込んでいるのを感じる。  声と共に漂ってくるのは、ふんわりと甘いバニラの匂い。俺だって同じものをつけているのに、そいつのとはまた違う匂いだから不思議だ。 「…………慧」  掠れた声で俺を呼ぶ。そっと頭を撫で耳に触れる。  会いたくて……でも会いたくなかったリカちゃんが俺を見下ろしている。 「また……泣いたのか」   どうしてそんなに悲しそうな声をしているのか、心の中で訊ねて。 「慧」  どうして俺の名前を呼ぶのか、これも心の中で問いかける。  振り返れば…手を伸ばせば届く距離にいるのに、そこには前まで無かった見えない壁が立ちはだかる。 「慧…」  耳元にあったリカちゃんの手が俺のうなじを撫で、下へ降りていく。すり寄りたくなるのを我慢して、ぐっと拳を握った。  前に回って来たリカちゃんの手が急に止まった。 「……なに、これ。俺がつけたのじゃない」  心臓が止まるかと思った。むしろ今この瞬間に止まってほしい。  鷹野が付けたキスマークに気づいたリカちゃんの雰囲気が一瞬にして変わる。  目を閉じていてもわかる、威圧感たっぷりの空気が痛い。  さっきまで優しく触れていたリカちゃんの手が、正反対の動きを見せて俺へと伸びた。 「痛っぁ!!」  グイッと後ろ髪を引かれて振り返らされ、中途半端に起こされた体勢に身体のどこかが悲鳴を上げた。 「それ、誰がつけた?」  俺を睨みつけるリカちゃんと目が合った。初めて見る冷めきった顔。  授業中に注意する時とは違う、厳しいとかそんなんじゃない顔。  『怖い』  それしか感じさせない、リカちゃんが訊ねてくる。 「誰につけられたって聞いてんだよ」 「リ……リカちゃんに、関係…ない」  答えた俺に、目を伏せたリカちゃんの唇が震えた。薄くて綺麗なそれが、ゆっくりと開く。 「へぇ。誰にそんな口聞いてるか、わかってんの?」 『ウサギ、おいで』  両手を広げて優しく俺を呼んでくれたのは数日前のこと。  それなのに今この瞬間、その目は俺を冷たく見ている。

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