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第54話

 どうやって家まで帰ってきたのかわからない。覚えているのは、言いたいことを言って去って行った鷹野から逃げるように帰ってきたことだけだ。  このままリカちゃんの部屋に行きたい。1度だけ入ったあの部屋で帰りを待って…そしたらリカちゃんは笑って「仕方ないやつ」って言ってくれないかな、なんて考える。  けれど、それは絶対叶わないってわかってるから、想像するだけで止まる。  返ってきたリカちゃんは少し驚いて、苦笑いして。スーツのジャケットを脱いでから「そこまでして俺に構ってほしいんだ?」って意地悪を言う。  俺はそれに対して「違ぇよバカ」って答えるけど、目だけでリカちゃんに訴える。  構ってほしい、傍にいてほしい、捨てないでほしい。  助けてほしい。 「本当に首輪でも付けて閉じ込めてくれればいいのに」  自分でもらしくない事を言ってるのはわかってる。それほどまでに今の俺は絶望で一杯だ。  もうこのまま、乗っているエレベーターが止まればいいのに。でもって下まで真っ逆さまに落ちてしまえばいい。  けれど日本の技術は素晴らしく、俺を無事に目的地まで届けてくれた。  一歩一歩前へ進む。それと同時に気持ちはどんどん落ちていく。  誰かが俺の部屋の前に立っているのが見えた。まさか鷹野が先回りして……って考えたけど、アイツならマンションに入ってこれるわけがない。 「あらぁ、ウサギちゃんってば俯いてちゃ可愛い顔が台無しよ?」 「桃ちゃん…なんで?だって、ここ俺の家」  リカちゃんの家じゃなく、俺の家の前に立つ桃ちゃん。そんな桃ちゃんが大袈裟に顔をしかめて苦笑する。 「全く。あいつの人遣いの荒さは昔から変わらないわ」 「アイツ…って」 「ウサギちゃんがね、心配すぎて眠れない情けない俺様男にお願いされちゃったのよ。いきなり用件とオートロックの暗証番号送ってきて、こっちの都合なんてお構いなしなんだから」  桃ちゃんはそう言って、わざとらしくため息をついた。 「本当は自分が来たいくせに強がっちゃってバカみたい!いくら顔が良くても中身に問題があり過ぎると思わない?」 「リカちゃん、が俺の為に?」  俺の様子が変だと気付いたリカちゃんが、桃ちゃんに頼んでくれたらしい。    好きじゃないって言うくせに優しくするのはズルい。  だって俺は、その手を躊躇いなくとってしまう。そうやってまたリカちゃんを好きになっていくんだ。 「とりあえず中に入れてくれるかしら?あたし寒くて凍えちゃいそうなの」  頷いた俺は、玄関の鍵を開けた。  桃ちゃんをリビングのソファに座らせ、リカちゃんが淹れていたのを思い出しながらコーヒーを淹れようとした。けれどリカちゃんみたいに上手く淹れられなくて、結局桃ちゃんが淹れてくれた。  青色が桃ちゃん。黒色が俺。  リカちゃん専用のマグカップを、桃ちゃんですら使わせたくなかった…なんて、とんでもなく重たいヤツだ。 「ウサギちゃん。あたしはリカの友達だけどウサギちゃんも大切なの」 「うん…」  ゆっくりと、穏やかに話す桃ちゃん。それは、いつものおどけた桃ちゃんじゃない。 「リカは…自分が悪いとしか言ってくれないわ。だから何があったのか教えてくれる?」 「俺は」  何をどう言えばいいのか、迷う俺に桃ちゃんはおどけて笑う。  「大丈夫よ。あたしリカのことは嫌いになれないけど、殴ることは出来るから!オネェは結構強いのよ」  こんな時だから、余計に桃ちゃんの優しさが染みる。絶望の淵で、こうやって手を差し伸べてくれる人がいるって幸せな事だと思った。  歩にも拓海にも、そしてリカちゃんにも言えない本音が次々と零れていく。 「俺、リカちゃんが好き。たった数日でって思われるかもしれないけど好きなんだ」 「うん」 「リカちゃんが俺を生徒としか見れなくても、好きで好きで止められなくて…けど、俺がいるとリカちゃんを困らせるだけで…っ」  全て俺が我慢すればいい。そうしたら全てうまくいく。  男なんだから、鷹野に何をされても大したことないって割り切ればいい。 「でも、俺は……そんなに強くなれない」  こうしてる今だって鷹野が怖い。誰かに助けてほしい。でもそんな事リカちゃんにも桃ちゃんにも言えない。  ずっと奥にある本音だけが言えなくて、苦しい。

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